弔 辞

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弔 辞

 仕事はこんなにも心を消費させる。荒波に打たれていく、岩のような強固さは自分には持ち合わせていない。  強いて言うなら使い古した消しゴムのような柔らかな、黒くなった表面を紙に押し当てられて日々擦り減っていく、それが私だ。  給料とはその削られた分の代償。消しゴムで言えば、消しカスに当たる代物。  たったこれぽっち。  その"たったこれぽっち"のために今日も会社という細長いライターのようなのっぺりとした建物に向かう。億劫だ。  それに加えて私の気持ちをさらに降下させているのが、この時期特有のジメッとした空気。日本の風物詩、梅雨。  駅から見える空は今に雨を降らせてやろうと、灰色の雲は楽しそうに待ち構えているに違いない。  それを知る人々は長い傘を手に持ちながら、早歩きで人込みを器用に擦り抜ける。侍時代の名残か、刀を腰にぶら下げながら彼らはぶつかりもせずに容易に歩く。
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