第1章

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俺の名はエバンスという。 今年で二十二になるどこにでも居る普通の青年で、行商人を生業としている。 十歳の頃親に捨てられ放浪していたところを行商人の爺さんに拾われ、一緒に旅をしてきた訳だが、爺さんは二年前に死んでしまってからは一人で旅をしている。 最初は何かと不安だったが、爺さんの残してくれた行商路と商売に必要な書類があったから、なんとかやっていけている。 今俺が商売をしている場所は雪が降り積もる山の麓にある寒村に続く道で、ここを通る傭兵を相手に商売を行っている。 とある情報筋から雪山の山頂にある魔王派の砦に、人間の傭兵とドワーフの部隊が中心となった軍が攻め込むと聞いたため、事前に寒村で毛皮を仕入れ待機していたのだ。 ドワーフは気候に強くても、人間にとっては十分辛い寒さだが、以外に防寒対策をしている傭兵は少ない。 「では、熊の毛皮十枚だけご購入でよろしかったですか?」 「いや、薬草も二袋頂こう、後は保存食の干し肉を五袋。釣りはいらん」 そう言って指揮官は拳一つ程の袋を渡してきた。 中を覗くと銀貨が日に照らされて白銀に輝いた。 しかし代金としては少し多い。 「お客さん、この代金は少し多すぎますよ」 「構わん。毛布が無ければ敵と戦う前に凍え死んでしまうところだったし、お前以外にこんな寒村で商いをしている者も居ないしな。後、傭兵相手にこんなに堂々としている商人は初めて見た。それはお前の度胸に対する褒美と、助かった礼だ」 「……では、有り難く頂戴します」 そう言って俺が袋をしまうのを見届けると、指揮官は満足そうに頷いて買った物を部下に持たせた。 「……ではさらばだ商人、また会うことがあればよろしく頼む」 「こちらこそ、砦の攻略が無事成功する事を祈ります」 そう言って腰を折ると、男は神妙に頷いて歩いていった。 傭兵達の姿が見えなくなるまで頭を下げ、 その後に背筋を伸ばすと小気味の良い音が腰から聞こえた。 そしてもらった袋を見ると、それまで耐えていた顔が笑顔に変わる。 傭兵というのは情に弱く、それを狙って寒い中まっていたのだが、その甲斐があったというものだ。 「……さて、目的も済ませたし、一度村に戻るかな」 笑顔のまま荷馬車に乗り込み、俺は傭兵達とは反対の道を進み始めた。
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