最終話 紅玉姫とインディゴブルー

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 * * * * 「これでよろしいですわ、ティルア様」  カルピナはにこりと微笑んだ。  壁鏡に映る自分の姿にティルアは何度も瞬きを繰り返した。 「……え、これ、私……?」  化粧箱を手にするカルピナはゆっくりと頷く。  櫛、香油、紅、白粉――ティルアが今まで見たこともない品々をカルピナはさも当然のように使いこなしていた。 「ティルア様は女の子なのですから、これからもっともっと可愛くなれますわ」  ラズベリアの花冠がヴェールの上からティルアの髪に置かれ、かぐわしい香りを立てる。 「ねぇ、カルピナ、いい匂い!  胸元のここにもつけていいかな?」 「あらあら、ティルア様ったら。  なら、ティアラの花弁をひとひら寄せますね」  カルピナから花びらを受け取ったティルアはアクアカラーの花弁を顔に近付け、目を細める。  長く、くりんとした愛らしい睫毛とほんのり桃色に染まる頬。  無言のまま部屋椅子に腰掛けるアザゼルとレンは、ティルアの姿に目を奪われている。  その瞳はもはや惚(ほう)けているようにしか見えない。  カルピナは夫であるアザゼルの靴をヒールで思いきり踏みつけた。 「――っ!!」  すぐにもアザゼルは踏みつけられた足を抱えて踞(うずくま)る。  隣のレンはつり上がった目付きのカルピナに脅え、すぐさまサッと姿勢をぴんと張った。 「どうしたのカルピナ?  アザゼルが何かしたのか?」 「あ、ティルア様はお気になさらずとも大丈夫ですわ。  ああ、アスティス様のような方でしたらきっとティルア様以外の他の女性に目を向けることなどないでしょうね。  羨ましいですわ」  アザゼルに向けた表情と一転、カルピナはいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。 「…………うん。  アスティスは、いつも、いつだって、例え……私が――」  胸がずきりと痛んだ。  ティルアの胸中は複雑化していた。  記憶を失っていた頃の自分の感情は取り戻した感情とは別に持っている。  アスティスを愛する気持ち、ラサヴェルを大事に思う気持ちがせめぎ合っていた。 「ティルア姫様、そろそろ出発のお時間でございます」  扉越しに使いの者が気配を窺ってくる。 「分かりました」  戴冠式が終わったのだろう。  彼の勇姿を見届けたかったものの、ディアーナ教では、花嫁が式前に婿と顔を合わせることを禁じていた。
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