最終話 紅玉姫とインディゴブルー

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 * * * *  大聖堂の祭壇前。  アスティスは父王と共にその時を静かに待っていた。  通路の先にある大扉を凝視するその心に小さなさざ波が立つ。  ここから始めようとする新しい恋に不安がないと言えば嘘になる。  記憶を喪失したティルアの心にはラサヴェルがいる。  止まない雨がないように、融けない氷がないように。  悲しみを癒し、共に寄り添い、心を寄せていこう――  大聖堂のパイプオルガンの金管が天窓からの乳白色の光を連れて床にプリズムを落とす。  ステンドグラスから斜めに入り込む長い陽が来賓、家族らが座す長椅子へと射し込む。  祭壇前に立つ司祭は神父役を務める予定だったラサヴェル大司教の代役としてディアーナ総本山から現れた高位の者。  彼の元へ入り口から伝達が入った。  ティルアが到着したのだろう。 「アスティス、ティルア姫とは結局面と向かって話が出来なかったが……他方から話を耳にする限り、とても聡明な子だね。  三年前のたった一夜限りの出会いがここまでお前を変えるとは……正直余は思いもしていなかった。  そこまで衝撃的だったのかね……ティルア姫との出会いは」 「ええ、彼女は初めから俺を見てくれましたから」  アスティスの容姿に靡(なび)くこともせず、身分や権力を楯に迫る紳士らに傾くどころか迷うそぶりすらしなかった。  ティルアに興味を持つきっかけは、そんなところだった。  大扉の番いが外される。  アスティスは宝剣を祭壇の側面に預け、姿勢を正すと、入り口方面に視線を向けた。  ――――光の中から妖精が現れた。  透き通るような淡い胡桃色の髪。  淡い薄紅色のヴェールが掛けられた薄布の下、顔は俯きかげんに。  頭上に置かれる花冠は、かぐわしい香りを湧き立たせる彼女の国花ラズベリアの香花。  痕が消えてしまった細い首筋。  華奢な肩が開かれたオフショルダーのプリンセスラインドレス。  運命の悪戯、神の試練――  すっぽりと覆われたデザインの下には悲しい過去が隠れている。  小さな胸を目立たせない為にとあしらわれた、ビビッドレッドの大振りリボンは彼女の愛らしさに華を添える。留め具にも花が挿されている。  裾のふわっふわのフリルがまさにティルアのために作られたドレスのようで――。
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