最終話 紅玉姫とインディゴブルー

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 斜陽が窓枠に抜かれ、床に陽を落とす。  黄昏に浮かぶ金の髪は床に膝を付き、深々と頭を垂れた。  橙の灯はセルエリアの紋章が象られたアンティークのベッドにも等しく降り注がれていく。  長きに渡り蝕む病魔の影に怯えながらも、形だけでも国王の座に在りしセルエリア王。  跪く息子をベッドの上から見下ろすその眼差しは力を無くしたインディゴブルー。  色素が抜けた長く伸びた白髪。  重ねた年数以上の彫りと刻まれる皺が、より一層王の衰弱を物語っていた。 「どのみち、余はもう国政には就けぬ。  お前がそう望むというのであれば好きにするといい」  年を取り、政(まつりごと)からほぼ離れている病床の父王。  眼光こそ覇気が失われたものの、自国への慈愛と叡知は何一つ失われてはいなかった。 「――ありがとうございます、父上」  アスティスは一礼し、踵を返した。  颯爽と闊歩する。  瞳に一切の揺らぎはない。  護るべきものと、護りたいものと、護りたかったものと。    決然とした意志を胸中に抱くアスティスのインディゴブルーは、湧き出でて澄んだ泉のように穏やかだった。  * * * *  その日、セルエリア城下は朝焼け浮かぶ早朝から慌ただしさに見舞われていた。  教会――大聖堂前には警備の騎士らが配備され、入り口から馬車道までの一本道がレッドカーペットで繋がれる。  次期セルエリア王となりし後継者の結婚式――同盟国、参列国側にそう銘打たれた大国の祝事に、前代未聞の変更通達が出された。  戴冠式が結婚式と同日に執り行うことが急遽決定された。  それにより、式次第に大幅な変更がなされることとなったのだ。    どこまでも青く澄んだ、晴れ渡る空。  ウォームカラーの石畳に降り立つ小鳥達が愛らしく囀り、戯れのワルツを躍る。  街を一つに繋ぐ水路が水の都セルエリアの至るところで祝福の水柱を上げている。  だが、不思議なことに本来は厳戒体制を引くはずの大きな祭事を前に、王政反対派であるはずの貧民らの動きは見られなかった。  セルエリアにおいてこれは異例のことで、朝早くから動員された警らの中には大口を開けて欠伸をもらす者が続出した。
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