最終話 紅玉姫とインディゴブルー

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 * * * *  淡い光がオフホワイトのカーテンの隙間から漏れる。  王城のとある一室。  セルエリア屈指の機織り職人が丹精込めて編み込んだ最高級絨毯。  宝石が随所に散りばめられたベルベット張りのソファの上に遠慮がちに座るティルアの姿があった。  オートクチュール特製のウェディングドレスに絹製の長手袋。  肩までのヴェール。  対面の壁は鏡張りになっており、そこには憂いだ表情の自分の顔が映っている。  結婚式の前に、戴冠式が催されることになるとアスティスから話があった。  それはアスティスが正式なセルエリア王として即位することを示している。  近隣国、同盟諸国を牽引(けんいん)する大国セルエリア王。  ティルアはその傍らに立ち、彼を支える王妃としてこれから生きて行くことになる。  一年でも二年でも待つと彼はティルアに言ってくれた。記憶が戻らなかったとしても、もう一度恋をしよう、とも。  しかし一方で、そのような中途半端な女性が彼の隣に立って良いのだろうかと不安ばかりが募っていく。  ここ数日、いくら思索を巡らせてみても、出身国であるというラズベリアについて調べものをしてみても、記憶が戻る予兆のようなものすら感じられなかった。  焦りと不安とで押しつぶされそうになりながら、ティルアは緋色の瞳に憂いを含ませるのだった。 「おい、花嫁。  婚前だってのに、なんつー辛気くさい顔をしてるんだよ」 「あ……ハムレット…様…。  ギルバード様……」  セルエリア正装である青地の詰襟服に身を包み、ノックもなしに現れたのは、灰髪の兄弟だった。 「放っておけ、ハムレット。  少しばかり時間が取れたからと顔を出すまでもなかった。  ……おれは戻るからな」 「あ、おい、兄貴待てよ!  ……行っちまったか」  閉まったドアに目をくれてから、ハムレットは再度ティルアへと目を向けた。 「全く自覚も何もしていないだろうが、一応礼を言っておく。  俺様はお前に感謝している。  お前が動いたその結果、俺様達はラサヴェル兄貴の真実に気付くことができた。  俺様はギルバード兄貴と……打ち解けることができた。  王位がどうとかじゃなく、真の意味で家族になれた……気になれた」  ハムレットの灰髪が掛かる漆黒の瞳が笑う。 「ありがとう」 「…………!」
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