第11話 【新しい生活】

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ナースステーションでは、受け持ち患者の午後の検温や検査を終えたナース達が打ち鳴らす、電子カルテのキー音があちらこちらから忙しく聞こえている。 持ち場に戻った私は、大きな楕円形の机やカウンターに付くナース達の背後を素通りして、病棟受付けカウンターに座る七瀬さんに近づいた。 「七瀬さん、ありがとう」 物品発注書にペンを走らせる彼女の背中に声を掛けた。 「あ、お帰りなさい。あの子は…もう帰ったんですか?」 「うん。自分の定期受診のついでに会いに来てくれたんだって」 手の動きを止めて振り返った七瀬さんに笑顔を向けた後、医事課から預かった封筒をカウンターに置いて隣に座った。 「定期受診って…あの子、どこか悪いんですか?」 「うん。…ああ見えて、入退院を繰り返してる子なんだ」 眉を寄せて首を傾げる七瀬さんをチラリと見て、苦笑いを浮かべながら封筒から数枚の書類を引き出した。 「そうなんですか…あんなに元気そうに見える子なのに。安藤さん、これ…さっき、あの子から預かりました。『僕が帰ってから安藤さんに渡して下さい』って」 七瀬さんは小声で言って、赤色の小さな長方形の紙袋を私に差し出した。 「えっ?海斗くんが?…どうして自分で渡さなかったんだろ」 「さぁ…分かりません。私も『自分で渡したら?』って言ったんですけど…どうしてもって」 自分では渡せないもの?…って、何だろ。 …まさかっ!私の嫌いな昆虫とか、爬虫類のゴムのオモチャとか、気持ち悪いモノが出てくるんじゃないでしょーねっ!? 赤い袋は危険信号の赤か?…それ、あり得る!ウケ狙い重視のヤツなら十分にあり得るぞっ! 「…そう、ありがとう」 私はマジマジと疑いの目を向けそれを受け取り、掴んだ指で丸みを帯びた感触を感じながら警戒心を張って袋を開けた。
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