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「北川春子さんの家族とは連絡取れた?」
心生検を終えて病棟に戻った高瀬先生が、電子カルテに向かう私の横顔に声を掛けた。
その声は、自宅にいる時よりもちょっとだけ低めの業務用の声。
「えっ、あっ、はい。連絡取れました。北川春子さんは…」
ハッとして背筋を伸ばし、電子カルテに北川さんの患者番号を入力する。
「家族が次回来院されるのは、火曜日の11時頃だそうです。その時間、先生は心エコー中ですが、家族がみえたらコールした方が宜しいですか?それとも、そのまま待って頂きますか?」
「家族が来たら心エコー室の前に案内してくれ。検査の合い間に話ができる」
「承知しました。では、そのように致します」
凛とした口調で言った後、先生と視線を合わせて誰にも気づかれないように口端を緩めた。
同じ「承知しました」でも、家政婦をしている時とはまるで違う緊張感。
その他人行儀さが何だか可笑しくて、くすぐったくて、それでいてスリル感まであって。ふとした瞬間に重なり合う視線が刺激的で、どうしようもなくドキドキする。
私、意識しすぎちゃってる?
無意識に好き好きオーラを放ってしまっているのではないかと心配になって、仕切り直しに緩んだ口もとを引き締めた。
「さっき、外来フロアで戸田海斗くんを見かけた。元気そうだったぞ」
私が扱う電子カルテを覗き込むふりをして、先生はカウンターに手をつき腰を屈めて耳打ちする。
「うん、病棟に尋ねて来てくれた。発作も無くて調子いいみたい」
白衣姿の彼の肩が触れそうになって、胸がドキッと大きな音を立てた。
私は呼吸を整え何とか平静を装い、先生の演技に合わせようと北川さんのカルテに視線を置いたまま言葉を返した。
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