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自分が主治医でもなければ科も違う。全くと言ってよい程無関係な患者の病状を気に掛ける、責任感の強さ。
激務の中でそんな余裕などあるはずがないのに…それを当然の如く遣って退けるこの人は、超人?あるいは化け物かっ。
この頭の中…覗いてみたい。
父親似だと言っていた綺麗な黒髪を見て、私は何か言いたげな表情を浮かべて口を噤む。
「おい、今度は見つめ過ぎ」
「へっ!?…今のは違いますからっ。ちょっと、脳細胞の透視を試みて…」
無意識にガン見してしまっていた自分に気づいて、照れ隠しに冗談めかした笑みを放つ。
「はぁ?脳細胞の透視?…おまえこそ、脳細胞は大丈夫か?」
呆れた声で彼が言ったその直後、
「高瀬先生~、今夜は予定空いてますぅ?」
私達を引き離すように後ろから割り込んで来た、耳障りな甘えた声色。
何でこんな時に……藤森さん。
声で彼女だと直ぐに分かったが、怖いもの見たさと嫌いなもの見たさでチラ見をした後、逃げる様にして視線を手もとに落とした。
「今夜?…どうして?」
先生は手のひらをカウンターから離し、屈めていた体を起こして藤森さんの方へ向ける。
「金曜の夜だし、私達と飲みに行きませんか?名駅2番出口のすぐ近くに美味しい和食のお店を見つけたんです」
藤森さんは満面の笑みを浮かべ、背後に引き連れた後輩ナース二人に目配せをした。
なぬっ!?藤森さんと高瀬先生が一緒に飲みに!?
ダメダメっ!先生、そんな人の誘いに乗らないでっ!
思わず手に力が入る。海斗くんがくれたボールペンを握りしめ、隣に立つ先生に向かって視線だけで念を送る。
…あれ?
ボスに仕えてる子分みたいなあの二人…
忘年会の時、トイレで藤森さんをやたらヨイショしてた二人だ…。そして、先生に彼女がいるって情報をくれた子達。―――結局はガセネタだったけど。
あの後、確か藤森さんを二人で貶して無かったっけ?可哀想とか、めんどくさいとか…。
藤森さんに無理やり引っ張られて来たのか、はたまた話題のネタ欲しさについて来たのかは知らないけど…
ナースの世界はくわばらくわばら。触らぬ神に祟りなし。
不安な気持ちで先生の返事を待ちながらも、ここに隠された女の卑劣な世界を想像して密かに身震いをした。
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