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第一部
5.
鳥の鳴き声で目を覚ましたぼくは、口の中に唾を溜めて吐瀉物ごと目の前に吐き、口の周りを拭うと、ゆっくりとその場に起き上がった。空は少し白みかけていた。時間的に、朝の五時前といった感じだったが、嫌になるぐらいに晴れた空が、きちんと現実のものだという事は泣きたい程に認識出来た。
あんなに、死にそうな思いをしたのに死ねないなんて、本当に、ぼくは何処まで、ぼくは何処まで生き汚いヤツなんだろう。そう思いながらぼくは立ち上がり、とりあえず、公園に向かって歩いていった。今は何をおいたって、この口の中の気持ち悪さをなんとかしたくてたまらなかった。死にたい、死にたいと思いながら、まだ生きて何かをしようとしている自分の妙な図太さが、心底浅ましいように思えてしまって心の底から嫌になったが、いくら死のうと思っていても生理的な気持ち悪さはなくならない。ぼくは公園の水道の水で口の中を何度も濯ぎ、吐瀉物が少しついてしまったシャツも脱いで水で洗った。こんな事をしても臭いは取れないが、ついたままというのはやはり嫌なものがあった。
濡れたシャツは悩んだ末、そのまま着てしまう事にした。冷たい水に濡れたシャツが肌に張りついて気持ち悪かったが、乾くのを待つより他にない。ぼくはああ、とため息を吐き、顔を上げ、そこで、公園のベンチの上に花束が置かれている事に気が付いた。花束だけではない。コーヒーの缶や、いつのものか分からないような弁当やおにぎりやパンなんかが、まるでお供え物のように、ベンチを中心に置かれていた。そんな事が為される意味に、濡れてへばりついたシャツよりもずっと冷たいものを感じていると、向こうから、犬を散歩させながら走ってくる中年の男性が目に入った。ぼくはためらったが、意を決し、少し腹の出始めた中年の男性に声を掛ける。
「あの、すいません、ここで・・・何か、あったんですか」
「ああ、ここでホームレスの婆さんが、死んでんのが発見されたんだ」
「・・・それ・・・いったいいつの事ですか」
「発見されたのが三日前の朝だったかなあ。死亡推定時刻によると、死んだのは四日前の夜だったらしい」
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