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「ちょっとお兄さん、いいバイトがあるんだって。奮発するから。ちょっと話を聞いてくれるだけでもいいからさ」
思考を遮ってきた妙に張りのある声に、ぼくは顔を上げ、路地裏から伺うように人ごみの中を覗き込んだ。見れば、明らかに「訳あり」といった風体の男が、街を行き交う若い男女にしつこく声を掛けていた。見てくれが悪いわけではない。むしろ、きちんと糊のきいたスーツに身を固めた、小綺麗な格好をした男だった。
だが、その声が、顔付きが、明らかに胡散臭いものを漂わせているような男だった。人を食い物にしているような、食い物にされる人間の事など、まるで眼中にもないような。ぼくはしばしその男を見つめると、ほとんど何も考えず、男の所へと歩いていった。そして脇を向いている男の袖に手を掛け、こちらを向いた男の目を必死に見つめて訴える。
「あの・・・すいません。人手が必要なんですか?」
気が付けばぼくは、その男の目をまっすぐに見て話をしていた。男はぼくを見、そして盛大に顔をしかめた。その理由についてははっきり分かった。だが、だからと言って、ぼくも今は、引き下がるつもりは毛頭なかった。
「おいアンタ、悪いが俺は忙しいんだ。アンタみたいな浮浪者に構っている暇はねえんだよ」
「ぼくがこんな格好をしているのは、ただお金がないからです。前金さえ頂ければ、ちゃんとした格好をします。・・・人手を探しているんですよね?」
男はそれでもぼくを振り払おうとしたが、ぼくは必死に食い下がった。『生きる』ために。今はただ『生きる』ために、ぼくは何でもやろうとしていた。
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