第三部

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第三部

1. ぼくはおやつを食べ終わると、ゴミをビニール袋に入れてゴミ箱の中にきちんと捨て、金の入った封筒を持って部屋の外に出て、鍵を掛け、「事務所」の階段を降りて行った。シンからは外で取り引きするようにと言われたのだが、「それだといつか捕まる可能性が高い」と大ゴネして、「事務所」を一つ用意してもらった。「事務所」と言っても、机と、テーブルと、ソファと、それらしい小物が置かれているだけで、夜になるとぼくの「寝室」に変わるのだが、ぼくは「事務所」の必要性をシンに切々と説きつけた。 「数百万なんて大金を外で受け渡しするなんて不自然だよ。不審に思われて警察を呼ばれちゃったらどうするんだ。だから、『事務所』を一つ用意して、そこで金を受け取るんだ。途中までは迎えに行ってさ。『誰かにお金を渡す所を見られて噂になったら困りますから』って言えば、大概信じてくれるんじゃないかな?『お迎えに上がり、事務所までご案内しますから』とでも言えば、いかにも親切な感じがして余計に騙し易くなるはずだ」 そう言うとシンは「なるほどなあ」とうなづいて、「事務所」を一つ、ぼくのために用意してくれた。シンに説明した事は半分は本気の考えだったが、本当の目的は、まるで別の所にあった。ぼくが「犠牲にする」人間が、どういう人間かを見たかったのだ。外で金を受け渡すだけでは、どういう人間かは分からない。金を受け渡すだけなのに、世間話をするなど不自然極まりない行為だからだ。 けれど、「事務所」に案内しますからと迎えに行けば、その道中を世間話で潰す事に何の違和感も生じない。ぼくはそうやって、ぼくが「犠牲にする」人間を、見たかった。騙して金を奪う相手が善人かどうかを見たかった。他人の事をきちんと考えてくれるような人なら、騙すのはやめようと、そんな風に思っていた。
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