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ライトパープルのプリウスを、薫と待ち合わせのカフェの駐車場に停めて、長野は店に向かって歩いていた…
それまで付き合った女性たちを、自宅に呼ぼうとさえ思わなかった…割り切った付き合いだけで、十分満たされていたのだ。
どの業種にも言えることだが、特にこの業界で人気を保つためには、『まやかし』も作戦のうちだ。
そう考えてきたからこそ、長野はデビュー当時からどの仕事にも、真摯に取り組み、周囲の信頼を勝ち取っていく。
その結果、相手先の担当者に感情を入れずに、上辺だけの付き合いにしてきたのは、「自分のペースに早く持ち込み、有利に進めたいからでしょ!」と、長野に間髪を入れず、切り返した薫の言葉通りの心境だったからだ…
彼はこのように相手先の担当者から、きっぱり言われたことがない!ましてや初対面の女性担当者から言われたことに、自分でも驚きを隠せなかった…
そして逆にほんの数時間で、彼の目論みを見抜いた薫に、心を揺さぶられ、彼女のことで息苦しいほどになる…
それにさっき薫に電話をかけた時、「本社幹部に報告があるので1時間くらい待って欲しい」と言われ、寄せては返す彼女への想いが、溢れだすのを止めることは、これ以上無理だった…
それから1時間後、薫は少し疲れた顔で、待ち合わせのカフェに現れた。
白菫色(しろすみれいろ)の夏向きのスーツを着た細い肩を、抱き寄せたくなるのを、長野はどうにか抑えこんで、優しく声をかける。
「お疲れさま…アイスココアでもどうかな?」
「ごめんなさい…待たせてしまって!」「いや‥いいよ…」
「ここに座って、一息ついたら、疲れも抜けるかもしれないよ!」
「ええ、そうね…」薫は長野の真向いに座り、運ばれて来たアイスココアを美味しそうに飲む。
その口元から彼は視線を外せない…キスをするために創られた唇。その感触を味わいたくなる唇…今直ぐにでも。
しかし長野が、薫の手に自分の手を重ねようとした時、薫は手をサッと引いた…
「博さん、ここではやめて…」
「いくらあなたの後輩さんがこの店の店長さんで、目立たない奥まった席を、事前に予約したとはいえ、人気の大手チェーンだわ!人目がありすぎるわ…」
「ここで見つかって騒ぎが大きくなれば、店の売上にも響いてくるかもしれないでしょ?あなたの後輩さんにも迷惑をかけたくないの…」
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