スタートライン

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スタートライン

 ――やっと、やっとここまで来たんだ。  雲一つない水色が空一面に広がっている。  今日という日を迎えられた嬉しさを表さんばかりの、文句なんて言い様がない快晴。  だが、天気とは裏腹に、刻一刻と迫ったその瞬間を前にして、俺の体はずっしりと鉛をぶら下げたかのように重なっていく。  調子も万全、痛みだってどこにも有りはしない。緊張しているんだ。そうすぐに理解することが出来た。  ドクン・ドクンと跳ね回って一向に収まらない心臓。それと同調するように深く、回数が増えていく呼吸。  空気はひんやりとしており、普段なら少し寒いくらいだが……この気温が心地よく感じるのも、この緊張に関係が有るんだろうか? 「選手はゼッケンの番号順に、こちらに集まってください! 繰り返します。選手は――」  メガホン越しに聞こえてきた声に反応したのか、更にスピードを上げてリズムを刻む心臓。あと一日……いや、半日で良いんだ。俺の体よ、もってくれ。 「続いて、二百番から三百番の方! 後ろにならんでください!」  誘導の声に従って列に着くと、周りにいるのはいかにも走り込んでいそうな人ばかり。  俺みたいなのがこんな所にいて良いんだろうか? そう思うと、だんだんとここに居るんだと言う実感がなくなっていき、胃が締め付けられているかのように痛み出す。  だけど――  そっと……右手に付けられたボロボロのリストバンドに手を当てる。  大丈夫!  兄ちゃんならやれるよ!  そう言ってくれている顔が見に浮かんできて、俺は落ち着くために、朝の澄んだ空気を今一度吸い込もうと深呼吸を繰り返す。  1つ、2つ、3つ、4つ。  繰り返していくたびに、落ち着きを取り戻していく心臓と五感。  大丈夫だよ、心配するな。リストバンドに、落ち着きを取り戻させてくれたお礼と一緒にそう語りかけて、俺は左手の腕時計へと視線を移す。  少しずつ動いていく時計。その時刻は――俺と、二人のスタートまで、あと数分と言うことを示していた。
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