第五部

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自己満足だけの供養を終えると、ぼくは立ち上がり、廃工場を後にしようとした。自首しに行くためだ。警察に出頭して、人を殺したことを告白して、裁判にかけてもらって、死刑を受けて、死ぬ。品野達の死体や廃工場の片付けは警察の人に任せてしまうことになるだろうが、まさか「ぼくも手伝います」と言うわけにもいくまい。申し訳ないが、任せるより他にはないだろう。 ぼくはとりあえず、目についた交番に出頭しようと思ったが、書き物をしている駐在員の顔を見て、ふと、踏み出そうとした足を止めた。自首することに対しても、死刑になることに対しても、なにを恐れるわけではない。そんなことはもう『理解』していた。覚悟ではなく、『理解』していた。人を殺した。自首する。罪に対する罰を受ける。それが当たり前だと『理解』していた。本能寺を焼き討ちにした人間は織田信長だとテストに書くのと同じぐらい、それが当然の『答え』だと、ぼくはそのように『納得』していた。 けれど、まだ一つだけ、やりたいことが残っていた。恭也に会いたい。恭也に会って、話をして、今度こそ、ちゃんと、別れが言いたい。「友達でいてくれてありがとう」とそう言って、今度こそ、きちんと、永遠にさよならするのだ。今日一日だけでいい。それが済んだら、本当に、ちゃんと、死にに行くから、たった一日だけ、一日だけ、もう一日だけぐらい、許してくれたっていいだろう・・・? ぼくはなにに懇願しているのかも分からぬまま携帯電話を取り出し、交番を通り過ぎながら、恭也の番号に電話を掛けた。ずっと前に恭也にもらったくしゃくしゃの紙を眺めながらコール音を聞いていると、恭也の声で「もしもし」、という言葉が聞こえてくる。 「もしもし恭也?ぼくだよ、岬・・・うん、突然ごめんね。実は今日さ、会えないかな?無理なら別に・・・え、いいの?うん、ありがとう。じゃあ、そこで・・・うん、後で・・・」 ぼくは携帯から顔を離すと、携帯をポケットにしまいながら、ずずっと汚い音で鼻をすすった。恭也に会ったらちゃんと笑えるかな。ぼくは自分が泣き笑いのような顔になっているのを自覚しながら、人を殺した時以上にそのことだけを心配していた。
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