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「紹介するよ、笹村杏樹。俺の婚約者だ」
そう聞いた時から、俺の恋は終わっていた。
俺にとっては親友兼好きになった相手でも、この男にとっては単なる友達に過ぎない。
別に友達が悪いとは言わないし、これ以上の関係を望んでいる訳でもなかった。
...だけど、実際目にするとキツイ。
隣でお辞儀した女性は、とても美しく気品溢れる人物。
お似合いのカップル。
それ以外の言葉は見つからなかった。
「京介さん、初めまして。いつも利孝君がお世話になっています。これからも利孝君が御迷惑をおかけするかもしれませんが、宜しくお願いします」
誰もが見惚れるであろう笑顔を浮かべる。
そんな彼女に「余計な事は言わなくていいんだよ」と、笑いながら口にした利孝を見て
俺の入る隙間など、これっぽっちもない事に気付いた。
「いや、俺の方が利孝に迷惑かけてるので。此方こそ、挨拶が遅れてしまって申し訳ない。如月です、どうぞ宜しく」
口元だけは、笑えた。
でも、心では泣いていたのかもしれない。
「...授」
ゆさゆさと身体を揺すられ、うっすらと目を開けると視界はボヤけていた。
「如月教授、また悲しい夢でも御覧になったのですね」
そう口にしたのは、准教授の雨宮雅樹と言う男だ。
彼は、外国の高校や大学を飛び級で主席合格した上、俺の“教授“と言う立場を狙っている。
残念だが俺も利孝と張り合って留学先まで一緒にしたんだ。
御前に負けない位飛び級して、博士号取得してやっと教授になった。
貴様にはくれてやらんぞ。
「雅樹ちゃん...ティッシュ」
「俺のハンカチでいいですか?」
「...俺、涙拭きたいんだけど」
「はい、だからハンカチ」
......人のハンカチで涙拭けってか。
手渡されたハンカチを使う訳にもいかず、手の甲で涙を拭った俺に、雨宮は呟く様に吐き捨てた。
「先程...寝言を喋っていましたよ」
「寝言ぉ?どーせ、這いつくばれよ雄犬、とかそんなんだろ」
「いいえ。利孝、と泣きながら口にしていました。利孝って...佐伯利孝教授の事ですか?」
最悪。
御前がここにいなかったら、そんな寝言聞かせる事も無かったのに...。
俺は、まだ利孝の事が好きなのかーーー。
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