第六部

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第六部

1. 「曽根崎さん、段取りの方は大丈夫ですか」 弁護士の言葉に、ぼくは顔を上げて、隣にいる中年男性の顔を見た。国が選んで当てがってくれた弁護士は、まあ人は良さそうだが、何処となく頼りない感じがぬぐえなかった。だがそれも当然だろうと思っていた。こんな、明らかに死刑確定の男の弁護士を任されるぐらいだ、ろくに仕事がないのだろう。仕事がないと言うことは、それだけ頼りにならない、ということだ。こんな人殺しの弁護など、引き受けて下さってありがとうございますと頭を下げるべきだろうに、ぼくはこの不運な弁護士に対してそんな感想を抱いていた。 「先生、ぼくは自分のやったことを自覚しています。きちんとどうなるか理解して、その上でヤツらを殺したんです。ぼくの弁護を引き受けて下さった先生には申し訳ないですが、ぼくの理解は出来てます」 「曽根崎さん、あなたの気持ちは分かります。けれどどうか悲観しない下さい。あなたはあなたの思うままに証言して下さればそれでいいんです。あとは私に任せて下さい」 そう言うと男は、実に頼もしい感じで胸を叩いた。言っていることは正直よくわからなかったが、とりあえずいい人であろうことは確かだった。話をしていてそれは思った。多分情に厚い人ではあるのだろう。 だが、「悲観」とは、いったいどういう意味だろうか。ぼくは何も悲観などしていない。悲観して死刑を『覚悟』しているわけではない。ただの『理解』だ。そのぼくの「気持ち」を、きちんと「理解」してくれているのだろうか。そんな一抹の不安がぼくの頭をよぎっていた。 「それでは、被告人、曽根崎岬、前へ」 名を呼ばれたぼくは、一度隣にいる弁護士を見てから席を立ち、証言台に立つと、裁判長に向かってお辞儀をした。裁判がどう進むのか分からなかったので弁護士に尋ねた所、「そうした方がいいでしょう」と言われたのだ。ぼくは一度息を吐くと、中央に立つ裁判長を見上げた。聞かれたことには、全て正直に答えるつもりでいた。
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