第六部

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「・・・う」 ぼくは床に膝を突き、そのまま、ゴボリと胃の中の物を吐き出した。法廷中から悲鳴が上がり、警備員がぼくに駆け寄ってくる。 「静粛に、静粛に!」 「裁判長、一度、裁判の中断をお願いします!」 「許可する。裁判を一時中断する!」 「さ、曽根崎さん、一回外に出ましょうか」 弁護士は優しくそう声をかけると、ぼくの腕を取り、裁判所の外へと連れ出した。そのままトイレまで連れていき、「吐いて大丈夫ですよ」と、ぼくの背中を何度もさする。 「曽根崎さん、やりましたね。実にいいタイミングだ。これであなたが神経衰弱状態にあると主張出来ますよ。上手く行けば、心神喪失状態を理由に無罪に持ち込めるかもしれない」 「・・・無罪?」 「そうです。無罪です。曽根崎さん、私は裁判が始まる前、『悲観しないで下さい』と言ったじゃないですか。曽根崎さん、あなたは、『助かる』んですよ。私が『救って』差し上げますから、どうか大船に乗ったつもりでいて下さい」 そう言うと弁護士は、「さあ、落ち着くまで吐いて下さい」と、再びぼくの背中を優しくさすった。「自分に酔っている」。ぼくはそう思った。「この男は死刑判決を覆せる自分に酔っている」。「自分が人を生かせる存在だと思っている」。「自分が人を救える存在だと信じている」。「生かす事が人を救う事だと、そのように思い込んでいる」。自信満々の男に対し、しかしぼくが抱いたものは、『失望』だった。ああ、この男は、やはりなにも分かっていない。
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