episode6・①

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雨の粒が水溜りに波紋を描く。一つ、また一つ。 雨はいっこうにやむ気配がなくて、街を水浸しにする。 低く垂れ込めたグレーの空の下で、誰もがうつむき加減で足早に行き急ぐ。 車も、人も、小鳥も。 街が静かに忙しい。 どんよりしているのにせわしない。 あたしは、大粒の雨が降りしきる外の様子を、ガラス張りのサロンの中から眺めた。 曇った窓にニコニコマークの落書き。その顔からも、雫がしたたって、泣き笑いみたいになっている。 もう何日も天気はぐずついていて、そのせいか客足が遠のいている。 それでも、今日は少しだけ忙しい。 外は静かなのに、サロンの中はばかげて明るくて、植物の葉っぱもぱりっとしていて、流行の洋楽に混じって笑い声があがる。 それらに守られているという心地よさ。安堵感。 忙しい事はよいことだ。 あたしから、考える時間を奪ってくれるから。
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