プロローグ

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 ―果ての飛び石島―   Step end island  ―南西 ヨシイサ丘陵地帯―  新緑が芽吹く広大な平野。  有象無象の草木が自由にその身を伸ばす中、小さくも立派な角を生やした鹿が小さな群れを成し草を食む。  そんな牧歌的な風景を、荷車を引いた馬が急ぐでもなくゆっくりと歩いて行く。  荷車にて手綱を握るは、髭面の老人。  まるで磨き上げた水晶のような頭は、ぴかりと陽の光を反射する。 「あんたぁ、どこの大陸の生まれだい?」  遥か前方に小さく顔を出す山脈をぼんやりと眺めながら、老人は声をあげた。  もちろん、質問の相手は荷車を引く相棒。ではない。 「あー、いやそれなんですがね」  歯切れの悪い返事の途中で、荷車から一つの影が身を起こす。 「実は私、故郷を持っていないもので」  そう言って決まりが悪そうにハハハと笑うのは、柔和な顔つきの青年である。  控えめな笑顔とは対照に、陽光をうけてきらきらと艶めく金髪。  笑って細めたその瞳は透き通った金色であった。   「その風体で根無し草かい。物好きもいたもんだよ」  訛りもあって乱雑に聞こえる口調ではあるが、かといって特に物言いがある訳でもないようで、老人はすでに青年への興味を失ったかのように大きく欠伸をした。  ふああ、と老人からの欠伸を受け取りながら再び青年が身体を倒そうとすると、それでよ、と老人が話を再開する。  退屈らしい。  「こんな田舎に何の用だい?観光するもんもありゃしねえよ」  あぁそれは、と口を開いた所で青年は言葉を切り、振り向いた。  進行方向左の小高い丘。その頂上。  遠目からでも存在感を感じる大木が、風に木の葉を遊ばせている。  大木の側、僅かに動く影を、青年の目は捉えた。 「見つけた!」  一転して弾んだ声音の叫びに、老人の肩がぴくりと跳ねた。  目を丸くして振り返った老人は、彼が見つめる方向をなぞって得心したように溜息をつき、好奇を湛えた笑みでなるほど、とのたまった。  すでに老人は、聞くまでもなく青年がこの地へやってきた意向を理解したらしい。  今にも荷車から飛び降りそうな青年を見据え、破顔しながらその背に声をかける。 「とッ捕まえようとして化かされんなよ」  ――妖精によ、と
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