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 大切なものを奪った何かを破壊した感触が、その手に残ってる……また声が聞こえる。この声は聞き覚えがあるような気がする。  深雪は今歩いている――はずだ。  再び目の前に岩と木々が現れた。  突然、周囲が明るく光り、雷鳴が轟いた。  雷は目の前の岩や木々に落ちた。岩は砕け、細かくなった石が周囲に飛び散る。木々の枝が裂け、地面に散らばった。  どうやら、落雷が岩や木々を破壊しているようだ。  砕けた岩を背に、再び歩みはじめる。  しばらく進むと、どこからか水の音がした。  音のする方向を見る。  谷間があった。そこから水が溢れ出ている。  大切なものを失う。大切なものを奪った何かを壊す。最後には何も残らない……  この声は一体誰のものだっただろうか? 何だか懐かしい気持ちになる。大切な何かを教えてくれたような気がする。  目が覚めた。  霞んだ視界の中で、黒田が自分を見下ろしているのが分かった。彼の顔がなぜか霞んで見える。その理由が分からなかった。 「何が見えた?」  黒田の声はくぐもって聞こえたが、確かにこの世の声だった。「還ってきた……」それが分かった。  手を動かす。指が柔らかい何かに触れた。先ほどまでと違い、形あるものだ。  深雪は周囲を見回した。平田や山中の顔が見える。少し離れた場所に落合の姿もあった。上に見えているのは夜空ではなく、蛍光灯の明かりだった。  ここが自衛隊の車の中であることが分かった。深雪はストレッチャーに寝かされている。岩肌に現れた、あの恐ろしい穴を見たあとの記憶がない。どうやら気を失ってしまったようだ。そんなことは初めてだった。  身体を起こそうとするが、うまくいかなかった。どうやら意識がまだはっきりしていないらしい。 「岩……」 「ん?」  黒田がいつもよりも優しい声で問いかけてくる。それがどこか気持ち悪い。  自分がきちんと声を出せていないことに気づいた。軽く咳をしてもう一度口を開く。 「岩と水がありました……」  黒田の顔が険しくなった。声はきちんと言葉になったようだ。  落合が歩み寄ってくる。平田は携帯端末を開いたり閉じたりしていた。山中はタブレットに指を走らせている。  医療器具の並べられた棚の前で、黒田と落合が目を合わせていた。 「他に何か見えなかったか?」黒田がもう一度深雪の顔を覗き込んだ。
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