つくづく、甘い。

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先生の胸元には春本秋のネームがあって、つくづく、思い出した理由だった。やっぱり、小学校で会った先生だ。言動が抜けていて、甘い先生だ。そして一昨日昼休憩に「秋くん秋くん」と弁当片手に近寄り、懐かしみ語ったのも思い出した理由だろう。 先生は僕と目が合い、ウインクした。知らない振りをして、気付かない振りをして、耳が赤くなったのも無視を極めて、目を反らして、額を机に当てた。貧乏揺すりをしていた足を止めた。 黒い詰襟の学生服は暑苦しく、肩も幅が狭いのか窮屈だ。上履きも踵を潰して履いている。踵に当たる独特な上履きの感触には慣れていた。貧乏揺すりの際に踵に直に伝わる突起の感覚、これもまた地味に痛くも睡魔を封殺する技だ。 先生は黒板に今回学ぶ事に付いて、チョークを操り書き出した。丁度チャイムが鳴り響いた。学校全体を通る音は、慣れていた。チャイムと言えばもうこれしか浮かばない。学校にいる、その実感に怠い面倒、ぐへえ、などと抜かす生徒の中、僕は黙々と教科書と参考書を出した。頬杖を突いてから始まるのを待った。 もし、学校に来なくても良いなら、それが出来るならば、来たくはないのかも知れない。そんな事をしようものなら不登校児の肩書きが刻まれるが。そして僕の場合、母親だと思って邪険に扱い先生でした、などとトラウマになるだろう事態が起こりかねない。 「丸、と」 句読点まで確り書き込み、先生が笑顔で振り返る。チョークが緑を帯びた板を走ると粉が下に落ちて行くし、手にも付く。だからか先生は手を何回か叩く。指先は変わらず白い。 「今日は羅生門を読み解こうと思います」 明るく笑う。口角を上げて笑窪を深め、目を萎めて目尻を下げる。子供っぽさがある、或いは子供に対して優しく微笑む顔だ。先生はもう一度、手を胸元で合わせて、一段と甘く笑みを湛えた。
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