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「何も悪いことは無いだろうな」
「……そっか」
視線を彼女に戻せないまま、俺はやけに憎々しく晴れ渡った青い空を眺めていた。
耳に届く彼女の声は、震えながら、それでも芯を失わずに。貫く。
「巡り合わせが悪かった、怨むなら二人で神様とやらでも怨んでみるか?」
「会えただけで、嬉しいもん、だから……私は、有り難うって、言いたい」
耳に届く声に嗚咽が混じる。どうして、こう、彼女の声はそれでも耳障りが良いんだ。
覚悟を決めて戻した視線、細くたなびく白い煙の向こう。彼女の目元から、頬を伝って、顎先までが煌めいて、はち切れて滴って行く滴を。
「俺は、感謝なんてしたくない」
考えるよりも先に、震える俺の声が口から飛び出すのを聞いていた。
「酷いだろ、こんなの!俺は、君を愛してるのにっ!」
腹が、肺が、気管が、喉が、声帯が、舌が、口腔が、唇が、俺の立場など無視して言葉を迸らせていた。
「良いの、分かってるからっ!」
感情に任せた慟哭に。煙草すら地面へと打ち付けて、身体をくの字に折り曲げながら叫んだ俺に。優しい彼女の、悲痛な叫びが降り注ぐ。
視界に映るアスファルトに、ぽたぽたと、黒いシミが。一つ、一つ、また一つ。
「人の気持ちだけじゃ、どうにもならない事もあるよ……」
水滴にぼやける視界、それでもシミが増えるのだけは何故かはっきりと映る。
語る者が他に居ない空間で、彼女の声だけがいやにはっきりと届く。小さく、細く、それでも炎を宿した声。
「きっと世界はね。本当は凄く優しいの、貴方みたいに」
気付けば彼女の声に震えは無い、ただ俺の身体だけが何も言えぬままに震えている。
「だけど皆、怖くて、傷付きたくなくて、弱い優しさを隠しちゃうの」
上げられない視線、未だに震えたままの身体、歪に歪んでいる俺の表情は彼女に伏せたまま。
「誰かを好きになったり、愛したりするのって、凄く、勇気が要るんだ。って、私は思う」
「だから私はね?その勇気をくれた神様に有り難う、って、言いたい」
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