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男は30分ほどで準備を終えてホテルを出た。
部屋で一人になった流佳はシャワーをあびて、いつものブラックで統一された服を着るとカードキーと財布をポケットに入れて部屋を出る。
ドアを開けるとすぐ目の前にあるエレベーター。どこからか香る花の香り、さすが高級ホテルというわけだ。
流佳たちがとっている部屋は最上階で大きな窓からヴェルダンを一望できる景色は見事である。
専用のカードキーがなければこの階に来ることは不可能で、まあ、つまりVIPルームというわけだ。
部屋を出て5歩ほどでエレベーターに乗り込みロビーのボタンを押すと静かに動き出した。
さて、これから何処に行こうか。
思えば一人でフランスを散歩するのは初めてのことだった。どこに行くにもパトロンの男が付いて歩く。嫌ではないが、一人で気ままに出かけるのは楽しい。
チン。と上品な音を合図にロビーに到着する。
エレベーターを降りるとフロントに立っていたホテルマンと視線が合い、ニコリと挨拶代りの笑みを向けて軽く会釈をすると、相手は「行ってらっしゃいませ」といって深くお辞儀をした。
ロビーの豪華絢爛なシャンデリアをくぐり、外に出ると辺りは薄暗く日も落ちかけていた。少し肌寒く、中にもう1枚着てくればよかったと後悔したが今からもう一度部屋に戻る気はさらさらなく、足は街道のメインストリートの方へと進んでいく。
歩いて行くうちに完全に日は沈み、さまざまなBARからの明かりや、人々の笑い声、生演奏の音楽が耳に入ってきて心地よい。
石畳道をゆっくりと歩き、流佳とすれ違う者は風になびくその黒髪と纏うフェロモンに振り返る。
あてもなく街並みを歩きながら眺めて、流佳は何となく、視界に入った細い路地に足を向けた。今さっきまで歩いていたメインストリートたはまた一味雰囲気の暗がりの中で、その少し先にポツンとたたずむ小さなBARを見つけた。
入口の扉の前に出されているボードにはチョークの手書きで『LAIR』と書いてある。
建物はこじんまりとしており、窓から内装をこっそり覗くと店名の意味を理解した。
「“隠れ家”か、なるほどね」
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