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少しさびれたドアを開けるとチリンチリンと2回ベルの音が鳴った。
オレンジの照明に照らされている店内は支障がでない程度に暗く、左側に4人掛けの丸い机が2つと右手にカウンター席が3つで、カウンターの中には50過ぎくらいのバーテンダーが1人いた。ほかに従業員は見当たらなかったが、なるほど、この狭さなら1人で十分だ。
自分以外にいる客の一組を横目で一瞥しながら、流佳はカウンターの席に座った。
「いらっしゃい、珍しいお客さんだね」
バーテンダーは席に着いた流佳の前にコースターを置きながら言った。
始終微笑みを浮かべているような優しい顔をした男だった。
「初めまして、ペリエくれるかな」と流佳はちらりとメニューを見て言うと、バーテンダーは分かった印にひとつ頷く。
席について落ち着いたところでもう一度中をぐるりと見渡した。
入口からしてやや古い建物だとは気付いていたが、内装の壁や床もところどころ傷があり、その上から何度もワックスをかけたためか艶があある。オレンジの照明に反射してその傷が綺麗に光っていた。スピーカーから流れる控えめなジャズ音楽は心を落ち着かせた。客が多くないというのもポイントが高い。
顔を正面に戻したところで丁度バーテンダーがコースターの上にグラスと四角い皿にのったトマトのマリネを出した。
「君は日本人かな?」
「そうだよ、生まれは日本だ」
頼んだペリエを一口、くちに含む。
炭酸がぱちぱちと弾けて校内を程よく刺激した。
「観光かい?」
「んー、仕事、かな?」
仕事と言ってしまえばそれに当てはまるのだろうが、いかんせん内容が内容だ。それ以上言うつもりはないが、言葉を少しにごした。
「でもまだ若く見えるけど」
「ハハハ、それは秘密だよ」
バーテンダーは流佳の顔をまじまじと見つめて年齢を推し量っていたが、流佳の返答に「残念」と言って首をすくめる。そんな会話の傍らで料理を盛り付ける作業していたようで、それを片手に持ちカウンターを出た。
何気なくそれを目で追いかけると自分以外のもう一組の客がいる席へと運んでいく。
料理を置きながらバーテンダーは「なんだい、また負けたのかい」とクスクス笑いながら言った。
「あー!もう!負けたよ!!」
頭を抱えながら悔しそうな声を上げるのは男二人組のうちの一人。
見れば机の上にはチェスのボードが置かれていた。
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