~第1話~

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その後、まるで酷いゲームを20分ほどして白はやっと投了をした。 「くぁーー!!また負けた!」 「アルコールが入ってんのに勝てるわけないでしょ。素面ですら勝てないのに」 「うるせー!」 またも負けた男は腹いせとばかりにグラスに残っているワインを一気に口に含む。それをやれやれとばかりに眺める若い男はチェスの駒を定位置に戻し始めた。 「さあ、次は君の番かな?」 そう言って、先ほど負けた男が座っていた席を指した。 一気にワインを飲み干した彼はふらふらと立ち上がってトイレにいったばかりで、流佳はその空いた席を2秒間だけ見て次に時計に目をやった。 パーティが終わるのは何時だろうか。 パトロンが帰ってきた時に自分がいないのはまずかった。 20:12。一局打って帰ったらぎりぎりくらいだろう。 なかなか席を移ろうとしない流佳に男は「もしかしてチェスはできない?」と首をかしげながら聞いてくる。 「いや、……わかった1ゲームだけ」 そう言って流佳は席を1つ隣りに移動した。 ボードはさっきの位置のままで白が流佳の駒になっていたため先手を決めるトスをするために白と黒のポーンを握った。 相手に見えないように左右の手にどちらかのポーンを1つずつ握り、その握りしめた拳を男の前に出す。 「Which?」 「Left.」 拳をひっくり返し両手をゆっくり広げると左手に黒、右手に白が入っていた。 先ほど男は「Left.」と答えたため、相手から見て左は白のポーンである。 先手は白の彼だ。 ボードを180°回転させてお互いの駒を交換して流佳は「おねがいします」とおじぎをした。 白が1手目を動かす。 「日本人のチェスプレイヤーは珍しいね」 「日本人て言っても血と生まれがそっちなだけだけどね」 今度は流佳が駒を動かす。 5.6手を見て、すぐ素人ではないと分かった。 一手一手の間隔が速く、センスと直感で打つスピード型のプレイヤーなのだろう。 そういうやつほどそのリズムを崩されると弱い。流佳はわざと打つスピードをまばらにした。 だが相手の男は思ったよりも強く手ごわい。 次の手を考える素振りで流佳は目の前の相手を一瞥する。 さっきの負けた男ほどではないが少しアルコールが入ってるのか頬がほんのり赤い。 しかしゲームを見る目は真剣だ。
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