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お互い一手のペースを序盤よりもだいぶ遅らせながら、ゲームはしばらく続いた。
「君強いね」
白のビショップを動かす。
「ありがとう」
黒はクイーンを捕られないようにポーンを盾に置いた。
「俺結構強い方なんだけど」
「そうみたいだね、なかなか手ごわいよ。さっきの男があっさり負けちゃうわけだ」
「ああ、叔父の事かい?彼は、んー、そもそも弱いかな」
そんなことを言いながら人懐っこい笑顔を向けられ、流佳もつられて口元を緩めた。
「…ほんとに、君は…綺麗だ」
流佳笑った表情をまじまじと見て男は言う。
「なにそれ、口説いてるの?」
ふっと息を吐くような笑い声で流佳は答えた。
ゲームは終盤になってきている。形勢は黒の流佳が有利であと10手でチェックメイトだった。
男は目を凝らしてボードに神経を集中させる。彼にもチェックメイトが10手先だと読めているのだろう。だからこそそれを打破する手を考えているのだろうが、それにしては白の駒が少なすぎる。
黒の、俺の勝ちだ。
男は肩を大きく上下させて息を吐いた。そして「リザイン」そう言いかけた時、BARの扉のベルが鳴った。
流佳の座っている位置から入口のドアは何をしなくても見える場所だった。
「あっ…」と口から声を漏らし、座っていたイスをガタリと音をたてて立ち上がる。
そんな様子にゲームの相手の男はキョトンとした風で流佳が見る先、つまり入口の方へ首を回した。
「流佳、こんな所にいたんだね。探したよ」
仕事のパーティーで出ていたパトロンが笑みを浮かべながら入口に立っていた。きっちりとセットされた髪とドレスコードであったブラックタイにジャケットのそのままの格好で、しかし、このBARの雰囲気に全く合っていない。そしてその表情は笑顔こそ向けているが、気の良い笑みではなかった。
「ど、うして、ここが…」
想定外の出来事に流佳は口がどもる。
「もちろん、流佳がどこにいたってすぐわかる。さあ、おいで」
男は不躾にも他に目もくれずにツカツカと流佳の元に来ると、その腕をつかむ。引っ張る強さに一瞬顔をしかめた。
これは相当怒っているな。
そのまま引きずられるようにして店を出ようとした時、さっきまで黙っていた男が声をあげた。
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