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月に一度のその夜会ではチェスのトーナメント戦が設けられる。プレイヤーはそれぞれの主人に飼われている者のみで、負けた者はその場で公開レイプ、勝ったものはクラブ側から賞金がもらえるのである。
流佳にとっては至極どうでもいいパーティーだった。
チェスの賞金は大金と言われれば大金だが、自分で稼げない額ではない。
むしろそんなお金をもらったところで使い道もない。
この仕事を辞める気もないし、そのお金で自由になろうなんて気はもっとない。
今のままで十分満足しているのだから、今更人生を変える必要なんてないのだ。
だから、夜会に参加することはあってもトーナメントには参戦することは無かったのだが。
今回の件でそれも変わりそうだ。
車窓からはしる風景をメランコリーば気分で眺めていると、スラックスの上に置いていた手がポケットの異物に触れて、そう言えば、と渡されたことを思い出した。
パトロンに見つからないように折りたたまれた紙フキンを体で隠しながら広げてみると、そこにはいかにも急いで書いた風の文字と数字があった。
電話?と… る、ルカ…、カルヴェス?
そういうえばバーテンダーが彼を止めた時、そんな名前を叫んでいたような気がする。
しかも、カルヴェスと言ったら…。
流佳の脳裏に浮かんだのは一昨年の世界チャンプである、イーサン・カルヴェス。
血縁者?まさかそんなはずはない。
チェスの腕は強かったが、もちろんイーサンほどではない。
歳も若いし多分自分と同じくらいか、少し上の20歳くらいだろう。
名前もルカ。自分と同じ名前とは。
流佳はメモをクシャリと握ってポケットにしまい、そして鼻で笑う。
うらやましいことこの上ない。あれほどの力があればいずれイーサン・カルヴェスと対局できる日が来るだろう。そんな日を夢見ることができるのだ。あちらのルカは。
車はホテルのロータリーに停車し、ドライバーにドアを開けてもらい車を降りる。
パトロンは何も言わなかったが、肩を抱く力がいつもよりも強かった。
彼の嫉妬はすごい。どうしてここまで執着できるかが飽き性の流佳には理解できない。
明日は動けないかもしれない。と、これから始まる行為を想像して流佳は独りごちた。
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