~第1話~

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フランス、ヴェルダンの町並みはとてもきれいだ。 青く茂る木々に囲まれながら続くマース川、古くから残されている苔の生えた煉瓦壁さえもヴェルダンの美しい街並みの一つである。 景色もきれいで空気もうまい。 仕事で香港に一か月ほど滞在して、一昨日ちょうど帰国したのだが慣れない土地での仕事は思った以上に疲労がたまり自宅に着いた瞬間死んだように眠りについたのが昨日の夜明けごろ、そして目が覚めたのが今日の朝方だ。つまり丸一日寝ていたことになる。 久ぶりに帰ってきた故郷はやはり良い所なのだと改めて実感した。 取引先の者に香港カジノに連れて行ってもらったり、闇にきらめく色とりどりのネオン街を見てそれも綺麗だと思ったが、やはり一番はフランスだ。 固まった身体をほぐすように風呂に入り、さっぱりしたところで近所のカフェでモーニングをとることにした。 川沿いに隣接しているこのカフェはマース川を横目に眺めながらモーニングをとることができる。 顔見知りのウェイターに軽く会釈し、外のテラス席に着くと少しも経たないうちにクロワッサンとカフェオレが机に運ばれてきた。 ここでの頼むメニューはいつも決まってこの二つ。今回はオレンジとクラッカーのホイップ添えもあるが、多分それはサービスだろう。 ほぼ毎日ペースで通っていればメニューも覚えるし、ウェイターも顔を覚える。 まだ温かいクロワッサンをカフェオレに浸しながら食べていると、ふとある席が目に留まった。二つ隣りの同じテラス席。 向かい合う形で席に着く二人のうち、一人は顎に髭を蓄えた30代ほどの男。 もう一人は、黒髪に黒のシャツ、黒のスラックで全身を黒に包まれている若い…。あれは、男? 性別に迷ったのはその横顔があまりに美しかったからというだけではない。 ヒジまでまくり上げた袖から覗く腕は白くて細く、鎖骨まで伸びている黒髪が風に揺れて見え隠れさせる首元の肌の白さを際立たせていた。 髪色からしてアジア系だが、つい最近までそれに囲まれていた香港や中華系のアジア人とは目元が違う。 とても綺麗な日本人だ。 フランスの街並みとも違う。 香港のネオン街とも違う。 ただそれは見るものの視線を釘づけにさせる美しさだった。
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