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事があったのはその日の夜。
カフェがバータイムに変わった時だった。
店の電話が鳴り、それをとったウェイターが困った顔をしながら対応していた。
「どうした?」
「それが、隣りのホテルからなんですが、注文するメニューを届けてほしいと言っていて…」
ウェイターは電話の応答口を押さえながら言った。
もちろんこのカフェはデリバリーサービスなどしていない。
しかし隣りのホテルといえばフランスでも有名な高級ホテルである。そこからわざわざメニューの注文となれば、それなりの理由があるのかもしれない。
電話対応を自分に変わった。
「申し訳ございません。お電話変わりました」
『お時間とらせてしまいすいません。ホテルの者ですが、先ほどもお伝えしたとおり、メニューを部屋に届けていただきたいのです
』
「うちはそのようなサービスはしていないのですが、何ならあなたたちが買いに来て届ければいい話だ」
『それも考えたのですが、なにせうちのホテルのオーナーの注文でして、あなた方のカフェのマスターに届けさせてほしいと言っているのです』
高級ホテルのオーナーがわざわざ名指しまでというのは穏やかではなさそうだ。
「…わかりました。届けましょう。それではメニューをお願いします」
『ありがとうございます!感謝します!メニューは……』
大した注文でもなく、10分ほどして出来上がったベリーソースのパンケーキとフルーツカクテルをもってホテルの受付に行く。
「注文のものをお持ちしました」
「ああ!ありがとうございます。ご案内させていただきます」
先ほどの電話の相手と見て取れるホテルマンがエレベータに案内をした。
高級ホテルとあって建物の中はごみひとつなく、宿泊している人間も皆一流のものを身に着けていた。
きょろきょろするのもみっともないので、視線は案内の背中に戻す。
ホテルマンはエレベーターのボタンの一番下にある溝にICチップの埋め込まれているカードを差し込む。
ボタンを押していないのにドアがしまり動き出すエレベーター。なるほど、VIPルームということか。
しばらくエレベーターの浮遊感に揺られ、ようやく止まると、開いた扉の先には黒いスーツをぴったりと着こなし、同じく黒いサングラスをかけた背の高い黒人が立っていた。いかにもSPといった感じの男である。
エレベーターから降りるとすぐにその扉が閉まる。どうやらここから先はこの黒人の案内らしい。
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