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どうせ戦うのなら強い相手とやりたい。その点、チェスを1から教えてくれたカミュは強かった。今までにカミュが負けたところを一度も見たことがないのだ。
もし、この先カミュが負けるとしたら、それは、
「イーサン・カルヴェス…」
ポツリと口に出してその顔を思い浮かべた。
イーサン・カルヴェスとは一昨年のチェス・オリンピックで優勝を果たした人物である。見事な駒運びでその対局見るもの全てを魅了させた。流佳もその一人である。良いゲームだった。あんなにも美しいゲームを見たのは生まれて初めてだった。同時に、その相手がなぜ自分ではないのか。と、嫉妬に心が焼けた。できることならイーサン・カルヴェスと打ちたいが、今のままでは到底その夢も叶うまい。
何よりも住む世界が違うのだ。
彼は表の人間。
自分は裏の人間。
光と影は対象で、決して交わることはない。
シャワールームの開く音がした。
軋む腰をさすりながら流佳は体を起こす。
時刻は16:50。脱ぎ捨てられたパンツをはき、ベッドルームを出るとちょうど出てきた男がシャンプーの香りを漂わせながら濡れている髪を拭いていた。
「今夜はどうする?」
流佳は出てきた男の首に腕をからませながらたずねる。
「すまない。緊急で仕事関係のパーティーに顔を出さなければなくなった。流佳もすぐにシャワーを浴びて着替えてくれ」
「え?俺も?」
もちろん。と男は首を縦に振る。
「いや、いいよ。だって仕事だし、それにまだ腰が痛い」
流佳は意味深な笑みを向けながら言った。
「ん…それじゃあ、仕方ないね」
タオルを首にかけ、空いた腕を流佳の腰にまわしてさらに引き寄せると流佳のおでこにチュっとリップ音を響かせながらキスをする。
対する流佳も少し背伸びをしながら男の鼻にキスをした。
お互いの呼吸が聞こえるくらいの近い距離でのやり取り。
しばらく見つめあって、先に視線を逸らしたのは男の方だった。
「だめだ、これ以上は」
「我慢できなくなる?」
クスリと流佳は笑う。
「さすがに今からやったらパーティーに遅れてしまう」
「そう、俺はここで待ってるから、続きは今夜だね」
「楽しみにしてるよ、My Kitty.」
「可愛いっこと?それとも、…淫乱の方かな?」
「フフ、どっちもさ」
かるいジョークを言いながら二人は最後にもう一度キスをして、お互いの準備を進めた。
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