第1章

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 日本の企業も今や終身雇用制は崩壊し、年功序列も崩れ、かつて言われていたようないわゆる「愛社精神」を持って、会社のために尽くすようなサラリーマンはほとんどいなくなった。  今や会社という組織は、マジメにやっていれば必ず報いられる…などということはまずない。自分の出世のためには、例え友人であろうが、仲の良い同僚であろうが、平気で裏切り、蹴落とす。そのための罠をしかけることさえある。  そしてある程度の身分なり、地位なりを確保しようものなら、今度はそのポジションなりステータスを維持することだけが目的となる。企業としての利益追求よりも、むしろそうした自己保身の方が重要となり、そのために全力を尽くすのだ。  もちろん、良太とて、大学を卒業し、新社会人となった頃は純粋な気持ちで、「愛社精神」も持ち合わせていた。しかし、現実的に見苦しいほどの権力争いやら、理不尽なまでの処遇などの実際を体験することから、次第にそうした気持ちも失せて、そして結婚もし、子供を持つ家庭となってからは、ひたすら勤務するだけの状態となったのである。  もちろん、そんな現状に大いに不満はある。「本来のオレはこんなはずではない」とも思っている。しかし、四十八歳という年齢に達してしまった今となっては、転職することもままならず、今勤務する会社で、本来の彼の持つ能力も発揮できないまま、とにかくリストラされずにおとなしく、定年まで無事、勤務することが選択すべき方法となってしまっているのだ。  しかし、現実問題となるとやはり厳しいものがあることも確かだ。彼には同年代の男のほとんどがそうであるように、十数年前に購入したマイホームの長期住宅ローンもまだ十七年は残っているし、これから教育費がかかる二人の子供もいるのである。  経済的に決して楽とは言えない、現状を打開するために何かいい方法はないものか、ともがいてもいるのである。もともと、彼には文才もあったから、今では自分の時間を作っては小説を書き、いわゆる公募にも果敢にチャレンジしている。  もちろん、ハードルの高い世界ゆえ、そんなに簡単に入選するものではないが、まったく何もしないよりははるかにマシである。
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