第1章

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 ところで、間違いなく早朝は神々の時間帯である。そしてまた同時に何か創造することにおいても、人間の秘めた能力が最大限に働く時間帯でもあるのだ。  もちろん、ボーとした頭では何も創造できはしないが、早朝の汚れない新鮮な空気を吸い込むことで、不思議と素晴らしい発想も浮かんでくるものである。  良太もそうした早朝にしか生まれ得ないインスピレーションの快感を求めて、土・日の休日には早起きして、早朝散歩をすることを習慣にし出したのである。  とある八月の土曜日のことである。いつものように、妻がまだ高いびきをかいている午前四時半すぎに良太は目覚めた。もちろん、自然と目が覚めるわけではなく、目覚まし時計をセットしている。  良太の妻はどちらかというと、彼とは正反対で「夜型」人間であり、こんな早朝に目覚ましを鳴らすのは迷惑と思えるが、セットしている目覚ましはベル音ではなく、電子音だし、間違ってもその目覚まし音で、彼の妻が目を覚ましてしまうことはない。  八月の午前四時半という時間は意外と明るい。もちろん、まだ太陽の姿は見えない時刻ではあるが、うっすらと明るさが感じられる時刻なのである。  良太は、なるべく物音を立てないように、洗面所で歯を磨き、顔を洗う。子供たちもちょうど夏休みでもあるから起きるはずもなく、まさに休日のこの時間帯は良太にとって唯一の「彼だけの時間」でもあるのだ。  目覚めにコーヒーを一杯飲みながら、タバコを吸う。普段だと、それから身支度を整えて、会社に出勤するわけだが、それがないから、コーヒーの味もタバコの味も、平日とは違った「うま味」が感じられる。素晴らしい開放感を感じる。  だいたい、タバコを立て続けに二本ほど吸ってから、良太はラフな服装のまま、散歩に出かけることにしている。  良太は十数年ほど前に、都下に現在の分譲マンションを購入したのだが、そこは、まだまだ緑も多く、決してにぎやかな場所ではない。  ちょっと歩けば東京都の保護地区に指定されている緑地地帯がある。ちょっと見た目には、その辺りはまるで軽井沢の別荘地にでも来ているのではないかと思えるほどである。  その近辺はまさしく、ウォーキング族には定番のコースであり、良太も普段は同じようなコースを散歩していたのだが、その日に限っては、ちょっと足を伸ばして、違う場所に行ってみようと思った。
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