第1章

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 その突然のドラム缶を蹴り倒すような音で、俺は心臓が本気で止まるかと思った。その証拠に中腰で屈んでいた体制から、慌てて後ろに手をついてしまう結果に至り、最悪なことに利き腕の右手首を捻挫してしまった。  「っつ(痛っつ!)。」  声を押し殺し、歯をがっちり噛んで、その歯の間から熱い空気を吐き出す。  俺はもうダメかもしれない。それは、左手のコントロールには自信はまったくないからだ。  「………………………。」  再び、警察官が上ってくるのをじっと待つが、もう半ばあきらめが入っていた。そのときだった。  「いるのわかってるんだから、早く手伝いなさい。」  ……手伝う?  想像とまったく違う、失礼な言い方をすれば、まったくの場違いな女の声がそこから聞こえた。  「……………?」  軽い混乱が俺を惑わせた。もしかして警察官じゃない?  「無視しないで早く来なさい。警察に連絡してほしいの?」  この言葉から、こいつは警察官ではないっぽいことがわかった。たとえこれが騙しで警察官だったとしても、俺はもう逃げる方法がない。俺には拒否権はなかった。  (そぉー………)  ゆっくりと近づいて上り口に首をやる。なにかいる。心を決め俺はその何かと対峙した。  「おそいっ!」  恐ろしいほどの大声で、一喝された。  「いつまでこんな寒い中待たせるつもりなの?マジ信じられないっ!」  いきなり意味がわからない感じで怒られた。信じられないのはこっちだよ。  「えーっと、なにか御用ですか?」  自分も、こんな場所でこんな答え方は間違っていると思うが、ホントに拍子抜けだった。いま真下にいるこの人は、ごつい兄さんには程遠いとても華奢な女だった。見た目、中学生のような感じで、服装もなんとも落ち着かない薄着でふわふわしていて暖かそうで寒そうなよくわからない格好だ。俺から言わせれば春をなめきっているとしか思えない。てか、俺なら絶対腹壊す、その自信があった。  「ここどうやって上るのよ?ホントうざいっ!」  『ガンッ』っと、ピカピカで変な丈の長靴が壁に突き刺さる。というか、いい蹴り持ってるな、この人。  予想としてたぶんこの人の身長が足りないせいで上れないのだろう。俺が上ったときの状態のままブロックがそこにあった。ともあれ、これじゃあ近所迷惑だし、いつ住人にバレてもおかしくない。
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