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序章
――これは……私とあいつのいいわけをめぐる物語――
序章
「最期の夜にしては悪くない、かな」
誰もいない病院の屋上で私は独り呟いた。軽い口調の呟きは、内包した重さに眼下の闇へ飲み込まれる。気分を和らげるためにと病院の周りに作られた森林が、昼間の優しさとは真逆の暗い顎を開いて、私の悲しみを飲み込んだ。
いま、私は世界で独りきりだ。
「一年は長すぎるしね」
誰でもなく自分自身に、生きたいと訴える私、四季川由沙(しきがわ・ゆさ)に呟く。
同時に、昼間の光景が私の心に蘇ってきた。
主治医となった中年の、ちょっとハゲたおっさんが言った病名は覚えてない。ただ、眩暈がする混乱の中で、医者がものすごく申し訳なさそうな顔で言った『後一年の命』という言葉だけはどんな励ましの言葉よりも私の心に残った。
一年。消して短くはない。でも絶対に長くない時間。しかも、歩けるのはよくて半年まで。それからは寝たきりが続き、最後には生命維持装置で無理やり生かされるのだそうだ。今日、私はたまたまその生命維持装置で生かされているおばあさんを見た。不気味な管を体中に通して眠る姿。
――あんなのは絶対に嫌だ。
そう。あれじゃまるで、生きた標本と同じだ。
ぶるっと、私の心が震える。背中に嫌な汗が滴った。
「あーあ。……嫌なものを思い出したなぁ」
私は頭を振って、無意味なくらい鮮明に残っている残像を振り払う。瞼の裏に残る、眼の虚ろな老婆の姿。脳内補正によって瞼の裏に新たな映像が描かれる。それは、体中に管を付けた私自身の姿だった。
カシャンと、私の背中でフェンスが夜の闇に鳴いた。
私は知らず知らずのうちに屋上のヘリから後ずさっていた。
「まぁ、やっぱり死ぬのは恐いしね」
また、私は自分自身に呟く。目の奥が焼けるように熱い。
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