第一章 夏のいいわけ

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「それで、私を驚かせることはもう準備できたの?」 「えっ、あ、うん……」  私の質問に、舞之原は曖昧に頷き視線を逸らす。  ――まだだな。こいつ。  落胆と、まぁそんなもんだろという納得に私は肩を落とした。舞之原がひどく申し訳なさそうに、伏し目がちに私の顔を覗いてくる。私は冷徹な眼で舞之原の視線を弾くと、そのまま彼の脇をすり抜けトイレへと向かった。  でも、ちょっと彼とすれ違う距離が近すぎたみたいだ。彼の横腰に、私の身体が擦れる。  ぽとっ。  その拍子に、彼のポケットから何かが軽い音を立てて床に落ちた。 「ん?」 「あっ!」  舞之原の素っ頓狂な声を耳にしながら、私は彼が落としたものを拾った。  それは背表紙が木目柄の、ちょっとシャレた手帳だった。 「はい」 「あ、ありがと」  拾った手帳を差し出すと、舞之原はそれまでの頼りない感じが嘘のように素早い動作で、私の手から手帳を受け取った。あまりの態度の変化に、私はすこし驚きながら彼の眼を見る。舞之原は手帳を私から隠すように、素早く元のポケットにそれを納めた。  ――あれ、そんなに大事なものなのかな?  そんな疑問が心の中に広がったが、私はそれを口にしない。差し出していた手を引き戻し、私は今度こそ女子トイレへ向かう。 「しき……、四季川さん」  そんな私を、舞之原はやっぱり少し高い声で呼び止めた。 「なに? もう漏れそうなんだけど」  つっけんどんな態度で、私は女子トイレを指さしながらそんなに急いでいるわけでもないのにそう答える。  舞之原は、数秒溜めてから祈るような顔をして言った。 「四季川さん。……死なないでね」 「さぁね」  ものすごく意地悪な微笑みを残して、私は視界から舞之原を消した。
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