第一章 夏のいいわけ

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第一章 夏のいいわけ

 屋上の扉が荒々しく開かれ、私の名が満天の星が照らす空に響き渡る。穏やかな風の吹く夜の静寂は、その声を境に奇劇を予感させるものへと変わった。 ――なに?  ゆっくりと、私は背後を振り向く。薄闇の向こう、屋上の扉の前。そこにパジャマ姿の男の子が、血相を変えて肩を激しく上下に揺らしながら立っていた。年は……たぶん私と同じくらいだろうか。  月と星の明かりしかない、夜の屋上。その中でぼんやりと幽霊のように浮かぶ、どこにでもいそうなありふれた少年。背は高くもなく低くもない。遠目で見る顔の印象はちょっと頼りなさそうだ。  ――どこかで……見たことがあるような。ないような。  もやもやとした疑問を胸に抱きながら、私は静かに口を開いた。 「だれ、あんた?」 「何やってるの四季川さんっ。そんなところにいたら危ないよっ!」  私の質問を無視して、まだ大人になりきっていない少し高い声で少年が叫ぶ。  私は少しムッとしながら、フェンス越しの少年に言った。 「もう一度聞くよ。あんた、だれ? なんでここに居んのよ?」  私の質問に、少年は答えようとして苦しそうに声を詰まらせる。たぶん、急いで走ってきた上に大声を出したからだろう。  ――変なヤツ。  苦しそうに息をする少年は、それでも懸命に言葉を吐きだした。 「ぼ、僕。舞之原(まいのはら)っていいます。本読んでたら、窓から四季川さんが見えて、それで……」 「窓?」 「うん。僕の病室、四季川さんの隣なんだ」  なぜか少し照れたように笑いながら、私の最期の話し相手、舞之原は膝頭に乗せていた手を力なく伸ばして対面の病棟を指さした。  振り返り、暗い谷の向こうにある病棟を確認する。  三階の、奥から四番目。そこが私の病室。その暗い窓の右か左かは知らないが、そのどちらかが彼の病室というのなら、確かに私の姿が見えたかもしれない。  ふぅ、と小さな溜息を漏らし、私は浅く眼を閉じる。唯一、鍵の開いていた屋上に来てみれば、まさかこんな落とし穴があるなんて思わなかった。
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