第一章 夏のいいわけ

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 夜風に取り残された舞之原の声は、何物にも遮られることなく私の鼓膜を打った。  私は、まるで往年の友達と挨拶を交わすように、サラッと答える。 「だって、私これから死ぬもの」 「そんなのダメだっ!」  男の子を感じさせる力強い声で、舞之原が私を引き止める。  ――ダメだ……か。まぁ、それは分かってるんだけどね。  そんな彼に、私はわざと不思議そうな表情を浮かべて訊いた。 「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの? 私の人生は私が決める。悪いけど、他人はほっといてくれる」 「ほっとけないよっ!」  まるで泣きそうな声で叫ぶ舞之原。  ――ちょっと、意地悪しすぎたかな?  一瞬後悔したが、私はすぐに気持ちを切り替える。 そう、私はもう決めたんだ。 「ごめん。この話終わりそうにないから、もうここまでね」  私は一方的に話を切り上げ、再び闇の涅槃に向けて振り返った。 「四季川さんっ!」  今までで、たぶん人生の中で一番大きな声で私の名が叫ばれる。  鼓膜を大きく振動させるその音に、私は小さく息を吐き肩を竦めた。でも、振り返りはしない。私の網膜に写るのは、もう暗い闇の園だけで十分だから。  しかしそんな私の反応を無視して、舞之原はすがるような声で私の背中に問いかけた。 「死ぬの、恐くないの?」  夏の涼風のように、弱弱しくもその声は確かに私の身体を撫ぜていく。その言葉を吟味するように、私は浅く目を閉じた。瞼の裏に写る、夜の闇よりも暗い世界。きっと、これから私が向かう先はさらに暗い世界になっているだろう。  ――恐くない?  彼と同じ言葉を自問自答。すぐに答えられなかった時点で、答えは決まっていた。口が渇く。私は舞之原の問いに応えない。答えられない。答えてしまえば、私はもう、進めなくなる。 「生きてっ!」  また、今度は力強く舞之原が叫ぶ。  でもそんな力強さが、今の私には逆に辛かった。
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