第一章 夏のいいわけ

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               * 「あー、おいしぃー」  病室のベッドの上でアイスを舐めながら、私は歓喜の声を漏らしていた。  七月上旬というのに、今年はとにかく暑い。その分、こうして食べるアイスの美味しさは一入のものだ。こうしてると、最後の晩餐を病院食にしようとしていた昨日の自分に腹が立つ。 「ん……あれ?」  無意識に食べていたアイスは、いつの間にか棒になっていた。ちょっとムッとしながら、私はその木の棒をチュウチュウとしゃぶる。そして、アイスの残り香も全て吸い取ってから、木の棒を近くのゴミ箱に放り込んだ。カサっと、アイスの棒が先客と擦れ合う音が漏れる。 「ふぁーあ。ヒマ」  愚痴を零し、私は起していた上半身を再びベッドに落とした。真っ白なシーツが私の身体を受け止め、スプリングがギシっと小さく軋む。 淡いクリーム色の壁に囲まれた個室で、私は暇を持て余していた。  時刻はもう正午少し前。  実際はまだまだ健康な体で拘束されるほど、ストレスが溜まることはない。しかも中途半端な味のクオリティーを持つ病院食は無駄に栄養満天だ。このまま半月もこの狭い部屋に閉じこもっていたら、ぶくぶく太るのが容易に想像できた。  ゴミ箱で横たわるアイスの棒を睨みながら、私は自分のお腹を擦る。  ――……………………うん、まだ大丈夫。  なんどもなんども首を縦に振り、私はこの部屋にはない強敵、体重計の姿を頭から払拭する。続けて、私はテレビの前に置いてある手鏡を手に取った。  バッサリと髪を切った、少し表情の暗い顔が鏡に写っている。そのくせ、ちょっと目つきが鋭い私の双眸は、二割増しぐらいでその剣呑さに磨きを掛けていた。  ――顔は……たぶんそんなに悪くない、と思うんだけどなぁ。  でも、そのうちこの顔も二割増しくらいで膨らんでくるんだろうな。  そんでもって、最後には四割減ぐらいにこけてくるんだ、きっと。  自分の顔の七変化を想像しながら、私は病気とは別の理由で死にたくなってきた。 「はぁ……」  また辛気臭い溜息が私の口から零れ、クリーム色の壁に溶けていく。カチカチカチと鳴く時計の針が、どうしようもなく虚しいくらいにゆっくりと時を刻み続けていた。 「トイレ、行ってこよ」  たいした尿意もないのに私は腕を杖にして身体を起こすと、母さんがわざわざ持ってきてくれた薄ピンクのスリッパを履いて立ち上がった。
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