第1章

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 「・・・想像するに、おそらく何も起こらないと思います。人間の脳は、脳梁を切断した患者に対する実験でわかっているように右半球と左半球は独立して機能しているわけですから、片脳を失っても生きていられると思います。しかし、本来の脳ではない方、つまり移植される方の脳はどうなるかわかりません。多々良教授ほどの腕を持つ人が執刀するとはいえ、移植した脳を別の人間の神経系と繋げて再構築するわけですから、脳の機能が復活するとは思えません」  相談屋は手を上げた。  「つまり、田宮さんの見解は手術しても何も面白いことはないといったところですかね。しかし、おかしいですね・・・何も起こらないというのなら手術を手伝ってあげたらいいんじゃないですか?」  「それはまあそうなんですが・・・何も起こらないというのは私の単なる推測なので」  相談屋は腕を組んでしばらく考えてから口を開いた。  「仮に手術を受ける二人の人をA、Bとします。私が予想するに、手術の結果、元の脳しか機能しないと思います。脳の右半球を移植するわけですから、Aの人の左半球、Bの人の左半球だけが生き残ることになるわけです。もし、右半球の機能を復活させることができても脳梁がつながっていなければ左右の脳の意識が統合できなくて困るということもないでしょう。左右の脳は別の人格のものですからね。ただ、体の左右の動きの統制がとれないのでバラバラに動いてしまうという問題がありますが。まさか、脳梁までつなげて復活させるなんてことはないですよね?」  「そこまでは聞いていません。が、脳梁の復活は無理だと思います」  「田宮さん。あなたは聡明な人だ」  田宮は唐突に投げかけられた言葉に面食らった。  「脳に関してそこまで理解しているということは、もう、手術することを決めているんでしょう。しかし、それでもここへ来たということは、あなたは本当は止めてほしいんじゃないですか?」  相談屋は値踏みするかのように田宮の顔を覗き込んだ。  熱い。部屋の気温は夏の炎天下とは真逆のはずなのに、田宮は体温が急激に上昇していくのを感じていた。  田宮が言葉を失っているのを見て、相談屋は続けた。 
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