第1章

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 「・・・相談屋なんてやってるとね、いろんな人がくるんですよ。若い人もいるし、年寄りもいる。相談内容も様々です。それを受けて私は色々アドバイスしたりするんですが、残念ながら相談屋は決めることはしないのです。わかりますよ・・・あなたが不安に思っていること、懸念していること。しかし、それでも決定するのはあなたです。私は止めるようなことはしません」  田宮は興奮を抑えて、顔を硬直させながら返した。  「あなたはひどい人だ。傍観するだけで済ませるつもりなんですから」  「すいません、相談屋としては介入したくないのです」  相談屋は優しく微笑んで言った。   「お代は結構です。面白い話も聞けましたし」  相談屋は立ち上がり自らドアを開けて田宮を送り出した。  雨音がはっきりと響く廊下に出た田宮の背後でゆっくりとドアが閉まった。 新造 二  診察に行く妻を見送った後、私は玄関にしばらく立ったままでいた。  磨りガラスの扉をすり抜けてきた太陽の光はもやもやとしていて、控え目に玄関に流れ込んでいる。それまで徹夜で原稿を書いていたせいか意識は朦朧としていた。 右手の壁に楕円形の鏡がかかっている。そういえば、また実家から新しい鏡を持ってきたのだと妻が言っていた。  閃いたときにはすでに私は玄関の引き戸をガラっと開けて外に飛び出していた。  路地を駅の方へ向かって歩くと右手に竹やぶが見えてくる。  けっこうな密度で竹が生い茂っているので、頭から突っ込むようにして私は中のほうへと足を踏み入れていった。  枯葉が積もった地面にくっきりと浮かび上がるようにそれは落ちていた。先日、投げ入れてから雨が降った日はない。  私はそれを拾いあげ、埃を手で払ってそそくさとまた来た道をひきかえした。  畳の間にもどって襖を閉め、ちゃぶ台に肘をついて本を開く。  「お前は誰だ」  最初の頁はその言葉ですべて埋まっていた。 次の頁へ進んでも延々と繰り返しで同じ言葉が続いている。  先へ読み進めていったが、句読点もはさまず最後まで同じ内容であった。  私は読み終えて一息つくと、本を閉じた。 姿見の前に立って、自分を眺めてみる。  鏡の中には、何のことはない普段通りの自分が映っている。髪がだいぶ伸びてきたなと思いつつ頭に手を持っていったところで突然、鏡の中の私がニヤリと笑った。
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