第1章

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 歳は自分と同じぐらいで、三十代半ばぐらいだろうか。横になっているせいか、判然としない。口を少し開けて、完全に熟睡中といった感じだ。  まったく起きる様子がないので、部屋をゆっくり見て廻った。  取調室に入った経験はなかったが、鉄格子のない取調室といった感じの部屋だった。ドアを入って、右手に奥行きのある、長方形の部屋だ。左の壁に背の高い本棚がある。ドアの反対側の壁に、大きな両開きのガラス窓がついていて、灰色の空が見えた。装飾品が無く、生活感を感じさせる物がない。相談屋に余計な物は必要ないということなのだろうか。  本棚の前に立ち、タイトルをざっと眺めていった。棚が七段に分かれていたが、目の高さにある二段目と三段目にしか、本が置かれていなかった。『新英和和英辞典』、『錠前の開け方』、『埼玉県の民話』、『いいのがれ』、『小六国語』、『万能字典』、などが目に付いた。タイトルや装幀を見る限りでは、小説らしき本が大部分を占めているようだ。  『錠前の開け方』という本も気になったが、それ以上に『小六国語』が気になった。手にとって中を見たかったが、無断で部屋に入った上に、本を盗み見るのも気が引ける。  ソファのこすれる音に気付き振り返ると、男が顔をさすりながら体を起こしているところであった。男と目があったが驚く様子は無い。自分も驚きはしなかった。  「こんにちは・・・依頼人の方ですか?」  その男の最初の声を聞いた時、違和感を覚えた。「相談屋」という一癖ありそうな商売からは想像できない程、顔も声も服装も普通だった。意外な対応に一瞬戸惑ったのを隠しつつ私は答えた。  「いえ・・・『相談屋』という職業を見てみたくなったので、来てしまいました」  ソファに座っていた男は手を頭の後ろで組んで足を投げ出し、寝ていた時の体勢に戻ってしまった。そして、客用の椅子を指差し、座るように勧めてきた。どこにでも居るような人間ではないことが分かって、なぜかほっとしつつ私は椅子に座った。  男は天井を見つめてじっとしていた。その間、自分は男の服装に目がいっていた。男は白いカッターシャツを着て、カーキ色のスラックスを履いて、茶色の革靴がソファの側に置かれていた。休日を迎えてくつろぐ助教授といった感じだ。一見若そうに見える。しかし、皮膚の艶を注意して見ると、それ程若くはないようであった。
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