第1章

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 「好きだよ。今から考えれば、過去の哲学は役に立たないと思ってしまうけど、その当時に生きていたら、哲学者の言う言葉に真剣に耳を傾けて、感心していたかもしれない。今に比べて昔の方が、哲学者の地位は高かっただろう、それが、時代が進むにつれて人々は科学の持つ重要性に気付き、それに伴い哲学者のもつ権威は、徐々に落ちていったわけだ。今は哲学が盛んな時代ではないが、決して哲学をおろそかにすべきでは無いと思うね。哲学はすべての学問の基礎になっていると思うんだよ。物が少ないと自然と考える時間が増えていく、思考が外のものに向かうことが少なくなる。今は物が溢れて豊かだろう、それだけ思考が外に向かうことが多くなってるんだよ。でも、哲学は物が多かろうと少なかろうと人間にはつきものだ。哲学は別名、思考学とも言う。思考が無くなったら人間じゃないね。人型のロボットみたいなもんだ」  自分が必死に言葉を探すより早く、相談屋は講義を再開した。  「例えば極端にいうと、人間が完璧な科学を手に入れたとしよう。SFで『人間に脳と指一本しかなくなった時』と表現される、科学の終焉を迎えた時、おそらく学問は必要なくなるだろう。が、一つ生き残る学問がある。それは哲学だ。『わたしは全てを知っている。しかし、知らないことがある。全ての外側に、何が有るのか?ということだ』。今の時代に生きていたって、全てを知るのは簡単なことだ。要は垣根を作ってしまえばいい。『自分が知っていることが全てだ』と思い込んでしまえば、それで全てだろう。実際、自分は何でも知っていると思っている人はいる。しかし、それでも『全て』の外側が依然として有ることになる。その時、人間は自分より上位にある存在を感じる。いわゆる『神』というやつだ。哲学と宗教は近い関係にあるといえる。思考がある以上哲学は亡くならない。哲学は人間の『性』みたいなもんだね。哲学があるから人間なのさ」  話を聞いているうちになんとなく納得していったが、自分は哲学の授業を受けにきたわけではない。哲学など関係ない。  相談屋に何か怪しい雰囲気を感じた。こうやって話の主導権を握り、そして・・・どうするんだろう。目的があるのだろうと思ったが、何が目的かはわからない。ひょっとすると宗教的な勧誘かもしれない。
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