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タクシーが前から近づいてくる。運転席には私が当たり前のような顔をして座り、後ろの席では私が新聞を広げて読んでいる。タクシーが自分の横を通り過ぎる時に後部座席の私と目が合った。
頼子 一
流し台のステンレスには一心不乱になって真剣な表情をした頼子の顔が映っていた。白い液体状の研磨剤とスポンジを使って表面を磨いていく。
定期的に何度も磨いているので鏡のようになったステンレスには台所の風景が鮮明に映し出されていた。
虚像の中に自分はいない。実像を見ようとしても顔だけ見えない。頼子は飽きるまで流しの金属部分を磨き続けた。
日差しがゆっくり減少し落日を告げると、頼子はようやくスポンジを手から引き剥がして流しの脇に置いた。
明かりを自然光に頼っている平屋建て木造住宅は陰影の深さを増していく。わずかな物音は柱の一本一本に吸い込まれ、静謐で厳かな空気を醸し出していた。
頼子が奥の和室を覗くと新造が机にむかって書き物をしているのが見える。
そのまま近づいてみたが、新造はひたすらペンを動かしているばかりで何の反応も見せなかった。
畳の上に、書きあげたものだろうか、堆く原稿用紙の束が積まれている。頼子はそれを拾い上げ読み始めた。
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和風な墓場には似つかわしくない洋館が建っていたりします。他にも南国でもないのに椰子の木が植えられていたり。
格好の遊び場でした。ユラユラと、煙がのぼっていくみたいに、立っている卒塔婆。重厚なわりには、存在感の薄い墓石の間を縫って走っていくのです。しばらく駆けていると、ようやく、追いかけてきます。
車が。まわりの仲間をバタバタと倒していき、わたしだけになります。わたしは洋館の中に逃げ込みました。
背もたれのついた木製のイスとテーブルが鈍い光沢とともに存在し、天井には鈴蘭の形をした照明器具がたくさん並んでいます。それを見ながら進み、まんとるぴいすの上に。上半身が見えたのでわたしは助けを呼びました。
「たすけてください!追われているのです!」
何の反応も示しませんでした。わたしは上半身を床に投げ捨て奥のほうへ逃げました。そこには棺桶が設置されていました。不思議なことにその棺桶は人の形をしているのです。まるで殺人現場で描かれる白線のようでした。
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