第1章

24/24
前へ
/24ページ
次へ
 体からぬけていく。感覚は重力に逆らうこともなくドロドロと流れ出していき、床の上でとぐろを巻いて淀みを作って停滞していた。空になったあとは皮膚までダラりとさがり、弛緩した筋肉が下がっていく。真顔を保つのが難しい。笑い顔のままで硬直するしかない・・・。  時間的感覚をなくした私の耳の奥へとどいてきたのは獣の叫び声にも似た、低く抑えた遠吠えのようなものだった。  それが止むと、カラスの群れが鳴いているような金切り声が間断なく続いてわたしの心は落ち着きなくぶるぶると静かに振動した。  カラスの声は徐々に遠ざかり、意味不明な単語が並び立てられていく。冷たく放たれる単語の数々は祈りのような響きを残して頭の中心まで到達すると、ようやくシンとした闇の中へ消化されていった。アガペ・・・。  体のあちこちをまさぐられる感覚をしばらく味わったあと、切れ切れになった映像が次から次へと再生されていった。自分が知覚した経験なのか、それとも想像によって作られたものなのか、わからない。不規則に連なっていく映像に気持ち悪くなって声にならない声を出そうとすると、軽い振動を伴ってブツリとブラウン管のテレビの電源が切れるようにわたしの意識は消灯した。  ※※※※※※※※※※※※※※※※  暖かな陽射しが降り注いでいるようだ。  薄汚れたビニール越しに見える外の景色はノロノロと後ろに向かって流れていく。  きっと外には青い空と新緑の木々が鮮やかなコントラストを描いているに違いない。 目に差し込む光線の眩しさから逃れようと私は無意識のうちに少し顔を横にそむけていた。 ひどく眠い。一眠りしてから考えよう・・・。  ふいに太陽の光が遮られ、暗くなった。目を開けるとビニールの窓の外から私が私の顔を覗いて微笑んでいた。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加