Positive Vibration 第16章

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「なぜそんなことを しているんだ?」 と柴崎は言った。 「宏介が死んでしまったからに 決まっているじゃない。 宏介があんなにも愛していた 芝居だもの。 私は宏介の意志を受け継いで 永遠に芝居を続けるのよ。 私の心には宏介の魂が 宿っているの」 チカはゆっくりと言葉を かみ締めながら喋った。 「宏介は死んでなんかいない。 宏介は社会システムの中で 生きているんだよ。 自らをも超える大きな存在 として、ちゃんと生きている。 この先何十年もの間、苦しみ、 考え、動き、そして また考え、動く。 彼の人生はとてつもない舞台で たくさんの観客を相手に、 演じ続けているんだ。 それが君にはわからないのか」 と柴崎は言った。 「演劇の頂上などないことは、 私にはわかっていたわ。 宏介は演劇を超えることなど できない。 いいえ、人間は演劇に 組み込まれることはできても、 役を超えることはできないわ。 永遠にあり得ないわ。 それでも幻想を追い続ける 宏介に、私はついて いきたかった」 チカは苦しさをこらえながら、 歯を食いしばりながら、 柴崎に訴えた。 それは声にならない悲痛な 魂の叫びだった。
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