Positive Vibration 第16章

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与えられた舞台を縦横無尽に 使い切る役者は 宏介しかいなかった。 その類い稀な プレゼンテーション能力は 会社の成長戦略に貢献した。 企業人として生き、 三十年が経った。 もうこの辺でいいだろう、 と思った。 宏介は辞表を書いた。 出世階段を駆け上り、 部長にまで昇進し、 次期は役員かとまで 噂されるほどの エリートの下した決断だった。 「もう十分にやったよ、チカ。 俺は死ぬほど働き、 死ぬほど演じてきた。 観客が飽きないうちに、 幕を降ろした方がいいと 思うんだ」 宏介は迷いのないはっきりした 口調で言った。 「宏介の好きなようにすれば。 私はいつも宏介の見方だから。 会社という世界は よくわからないけれど、 もうてっぺんを 見ちゃったんだから、 いいんじゃないかしら、 辞めちゃっても」 とチカは応えた。 「たとえこの先どこに 行ったとしても、 私たちには私たちに合った 役があるはずよ。 いつも自分たちよりも 大きな存在の役がね。 楽しいじゃない。 死ぬまでたくさんの役を 演じることができるんだから」 「ありがとう、チカ」 宏介は帰宅する途中に 公衆電話に立ち寄り、 チカに電話をして伝えた。
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