Positive Vibration 第16章

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「それより早く 帰ってらっしゃいよ。 今日の夕食は宏介の好きな カツカレーよ」 チカの太陽のような明るい声が 受話器の向こうから聞こえた。 その夜、宏介とチカは 抱き合った。 生まれて初めてするかのような 不器用さで、お互いの肉体を 確かめながら触り合った。 真っ暗な部屋の中のさらに 深い闇の中で。 閉ざされた狭い空間なのか、 それとも壁も仕切りもない 大平原のど真ん中なのか、 想像もつかないほどの 本当の闇だった。 チカの柔らかな乳房は、 ほんのりミルクの香りがした。 蛍光灯の明かりに映し出される 白い乳房が見えるように、 その匂いは宏介の記憶回路を 刺激した。 母の布団の中で隙間から見える 部屋の様子は、穴倉から 小熊が外を覗き見るのと同じだ。 守られていることを実感できた 子どもの頃、やはり乳房の香りは どこからともなくやってきた。 そよ風に乗って、ゆらりゆらりと 宏介の鼻に入ってきた。 布団の中で母の乳房を揉んだ。 とても滑らかで柔らかかった。 あまりの優しさに 心が溶けてしまいそうだった。
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