Positive Vibration 第16章

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穴倉の中は平和な世界。 穏やかで、静かで、 自分だけが独占できる 世界だった。 チカと抱き合う布団の中は 安全地帯。 宏介とチカだけの 秘密の遊び場だ。 チカは緩やかなカーブを 描きながら昇っていく。 三十年分の錆びを落とすように、 新たなる希望を 膨らませていくように、 ゆっくりと頂点をめざした。 やがて闇は明け、 鳥たちがさえずりだした。 台所でネギを切る トントントントントン という音がする。 宏介が眠そうにして起きてきた。 今日も一日が 始まろうとしている。 「さあ、今日は張り切って、 会社を辞めてくるぞ」 と宏介は元気いっぱいに言った。 「はい、頑張ってらっしゃい、 宏介。私はいつも応援 しているわ。 だから安心して会社なんか 辞めておいで」 エプロン姿のチカが顔を くしゃくしゃにして笑っていた。 チカは小箱のふたを閉めると 柴崎の顔を見た。 いまにも泣き出しそうな どんよりとした表情の チカだった。 「君は宏介を離しちゃだめだ。 未来がどうなろうとも、 宏介は宏介だ」 と柴崎は言った。
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