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よろしくお願いしますと大柄な男の人が笑顔で言って、ほら、ミウもご挨拶しなさいとお母さんと思しき人がミウの肩をそっとなでながら言った。不安そうな、恥ずかしそうな上目づかいの顔でミウはひとつ頷いた。たぶん、僕も同じような顔をしてただろう。
「わかったの?」
母さんが僕に念押しした。僕は俯き加減でちょこっと首を縦に振っていた。リビングから「ゴール、ゴーール!」と音声が聞こえた。
「あんた」
「あんたサッカーファン?」
母さんに言われたとおり、次の日の朝、ミウを迎えに行って、僕とミウは一緒にエレベータにいた。僕は1階のボタンの次ぎにクローズのボタンを押した。動きだしていきなりだった。
「ねえ、あんたサッカー好きなの?」
なんのことかわからないでいるとまた聞いてきた。それもホボ初対面、始めて口を交わすというのに。僕のことを「あんた」だ。ハトが豆鉄砲をくらった面というのは、あの時の僕の顔のようなことをいうのだろう。人見知りが激しいわけでもないが、ホボ初対面のしかも女の子に、しかも可愛い?子に、ブッキラボーに言われた。「あんた」。横目でミウをみた。昨日見た大柄な父親の背後に隠れていた内気そうな雰囲気の影もない。その大きな瞳に珍しい生き物を見つけた幼い子供のような輝きがランランと宿っている。それに、勢いがある。
なぜ、僕がサッカーファンであることを知ってるのか?、次々に「?」マークが僕を襲ってきた。
「あんた、何組?、生徒何人?、その内女子何人?、給食おいしい?」まずは、僕の名前ぐらい聞けよ、おはようの挨拶したか?とか思ったけど、時すでに遅し、僕はミウの質問攻めに陥落していた。淡々と応じるしかなくなっていた。質問攻めは教室に着くまでつづいた。なんとミウと同じクラスだった。僕はその間ミウについての情報はなんら聞き出せなかった。会話になってなかったんだろう。僕は屈辱的ではあるが、理屈なしに屈服させられた。戦国時代なら主従関係の確立。
その関係は五年生になった今でも毎朝欠かさず繰り返された。
でもなぜか、腹は立ったが本気で怒ることは不思議となかった。いつの間にか日課になっていた。
後日、悟った。先制攻撃とはなんと効果的なんだろうと。更にそれから随分後日、女は怖いと悟らされた。小学五年生にして。
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